日本映画大賞、監督賞 三宅唱=前田梨里子撮影

日本映画大賞、監督賞 三宅唱=前田梨里子撮影

2023.2.01

第77回毎日映画コンクール 選考経過と講評 スタッフ部門 

毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。

第77回毎日映画コンクール・スタッフ部門2次選考経過と講評を紹介しよう。

監督賞 三宅唱 「ケイコ 目を澄ませて」

三宅への評価が圧倒的。「女優をボクサーに仕上げた」「スタイルを持ちつつ変幻自在」。石川にも「複雑な心理を描出」、深田に「見たことない映画」、高橋には「社会問題を軽やかに扱っている」など。投票で三宅7、深田、高橋各2と圧倒。

<講評>縄跳びが床を打つ音、グローブがミットに当たる音、ボクサーがリングを踏むステップの音。単音で響き出したそれらの音が和音のように重なり合い、リズムを刻み、まるでジャズかなにかの即興演奏さながらに小さなボクシングジムに響き渡る。しかし、それらの音を作り出している主人公ケイコには、その音が聞こえない。彼女が作り出す音を享受するのは、我々観客も含めたケイコ以外の者たちだ。そもそもケイコは、自分がそんな小気味よいリズムと音を作り出していることを知っているのだろうか。いや、知りようもないのだ。では、あの音たちはどこに着地するというのか。ろうあのボクサーの物語を宙づりの音たちで描くことのハードボイルドな演出の意志。故に監督賞に値しよう。(万田邦敏)

◇他の候補者

石川慶「ある男」▽白石和彌「死刑にいたる病」▽高橋伴明「夜明けまでバス停で」▽早川千絵「PLAN 75」▽深田晃司「LOVE LIFE」

脚本賞 早川千絵 「PLAN 75」


脚本賞 早川千絵=丸山博撮影

早川に「あり得べき未来を立場の違う視点から描いた」、向井に「原作の再構成が秀逸」、今泉・城定に「多彩な人物を描き分けた」、梶原に「日本の諸問題を取り入れた」と評価。一方で各作に「詰めが甘い」などの指摘も。投票で向井5、早川3、今泉・城定2、梶原1。上位2人の決選で早川6、向井5と逆転。

<講評>原作のある脚本とオリジナル脚本を同じ土俵で評価するのは悩ましい。原作者が生んだ設定やキャラクターやセリフを生かすのは、もちろん脚本家の技術なのだが。題材をさばく腕が問われるのはオリジナル脚本も同じである。「PLAN75」は75歳を迎えた国民が自分の生死を選べるようになるという発想が秀逸。当事者、行政の担当者、汚れ仕事を引き受ける外国人労働者を並行して描き、プラン75のある近未来を多面的に浮かび上がらせた。命の選択の重みに対して手軽に入れる生命保険のようなネーミングには毒りんごに手を出させる巧妙さがあり、それゆえ「ありうる未来」を感じさせる。研ぎ澄まされたセリフとセリフの間に、身につまされる豊かな余白があった。(今井雅子)

◇他の候補者

青木研次「千夜、一夜」▽荒井晴彦「あちらにいる鬼」▽今泉力哉、城定秀夫「愛なのに」▽梶原阿貴「夜明けまでバス停で」▽向井康介「ある男」

撮影賞 月永雄太 「ケイコ 目を澄ませて」


撮影賞 月永雄太=幾島健太郎撮影

評価が割れるも、月永に高い評価。ホンは「挑戦の熱意が伝わる」、浦田は「脚本を映像で補った」。投票では月永6、浦田3、ホン、松根各1とすんなり決着。

<講評>どの候補も「高度な感性と技術力」があるとの意見が多数を占めた。「ケイコ 目を澄ませて」のファーストシーン、氷をかじるケイコの影を強調した構図は、物語の方向性を象徴している。ほとんどノーメークで撮影されたと思われるが、アンバー系に統一されたフェーストーンと色彩が、古いジムに空気感を与えた。ボクシングの動的な環境でも静的なカメラワークで寄り添い、ケイコを見つめている。狭いボクシングジムで、カメラポジションが多彩だ。川、電車軌道、高速道路等で囲まれ切り取られた風景は、リングのように思えた。制約の多くなったフィルム撮影だが、16㍉フィルムの階調と粒状性が作品の質を高め、計算された画面構成で特性を見事に生かし切っている。(藤石修)

◇他の候補者

浦田秀穂「PLAN 75」▽近藤龍人「ある男」▽ホン・ギョンピョ「流浪の月」▽松根広隆「土を喰らう十二ヵ月」▽山崎裕「千夜、一夜」

美術賞 今村力、新田隆之 「死刑にいたる病」


美術賞 今村力(右)と新田隆之=幾島健太郎撮影

今村・新田に「ホラー的な美術が秀逸」「計算尽くし違和感、緊張感を漂わせた」、種田・北川に「ロケ地選定も含め労作」「撮影と美術で映画を見せた」など高評価。小坂には「四季の自然を取り入れた」。投票は今村・新田7、種田・北川3、小坂1。

<講評>この美術のすさまじいところは、何といっても主人公の家と拘置所の面会室。まずロケ地の選定に成功し、家と周辺の配置が完璧。表はある程度ひらけているのに裏はうっそうとした林という立地が、主人公の内面にピタリと添って、草木やユリの位置まで意味を持っていた。拷問小屋の装飾や窯の炎も壮絶。

拘置所の面会室は、この作品の象徴となっている。ストーリー展開の重要部は面会室での2人きりのシーンだが、シンプルな構造にもかかわらず怖さと圧迫感がすごい。そして形を変えていく。形が変わるので発想と表現法が自由になる。どんどん時空がゆがむ。演出、撮影、照明、録音含め、映し出される画(え)の全てが世界観を見事に創り上げている。本当に素晴らしく、そして怖い。(佐藤朋有子)

◇他の候補者

小坂健太郎「土を喰らう十二ヵ月」▽酒井賢「峠 最後のサムライ」▽種田陽平、北川深幸「流浪の月」▽我妻弘之「ある男」

音楽賞 青葉市子 「こちらあみ子」


音楽賞 青葉市子=内藤絵美撮影

「犬王」の大友に「ゼロから音楽を作り、楽器や時代を合わせた」「インパクト強く新しい」、青葉に「素朴に映像に寄り添った」「効果音と融合巧み」と二分。投票は青葉7、「犬王」の大友4。

<講評>映画音楽の存在感が薄れたと度々言われる。劇音楽が主張を放つ作品が減少し、楽曲をそっと寄り添わせる形式が主流となったからだ。この形態は音楽が受け手の印象に残らない危険性を引き連れる。しかし、「こちらあみ子」の青葉市子はそうした様式を積極果断に用い、十全に機能させた。独特の感性を持つあみ子を音楽が慈愛に満ちたまなざしで見つめ、心が壊れてしまったあみ子の母親の視線の役割も時として果たす。音楽が常に彼女を優しく見守っている。一方で大胆に打っても出る。あみ子が裸足で廊下を歩く音が徐々に律動に変わり、おばけたちが躍動するミュージカルに突然移行する。「おばけなんてないさ」の編曲も実に効いている。繊細でありながら豪胆、豪放。斬新な音楽演出だった。(小林淳)

◇他の候補者

大友良英「犬王」▽大友良英「土を喰らう十二ヵ月」▽加藤久貴「マイ・ブロークン・マリコ」▽原摩利彦「流浪の月」

録音賞 川井崇満 「ケイコ 目を澄ませて」


録音賞 川井崇満=丸山博撮影

川井に評価が集中。「音で引き込まれた」「主人公が〝目で聞いている〟と分かる音響」など。矢野は「セリフや背景音のバランスが完璧」。投票は川井10、矢野1と圧勝。

<講評>映画のセリフが聞き取れないと、以前より聞くことが多くなった昨今。さすがに候補には、ダイアローグが聞き取れない作品はなかった。録音技師の仕事の重要性は増すばかりだ。受賞作は、ボクシングのトレーニングで始まる冒頭から音構成が良い。マシンのきしむ音が、使い古されたジムの印象を与える。続いて主人公は難聴とテロップ。その後ラストまでセリフと効果音のみ、音楽もない。主人公のセリフは「ハイ」だけで、手話の字幕もなし。録音技師の高い技術力が必要になる。撮影現場でのセリフも含めて音を丁寧に録音することが一番大切。そんな当たり前のことを感じさせる。仕上げ作業においても、効果音が派手過ぎず、聞きやすく的確な音処理が高評価につながった。(田辺信道)

◇他の候補者

臼井勝「PLAN 75」▽浦田和治「死刑にいたる病」▽小川武「ある男」▽森英司「千夜、一夜」▽矢野正人「峠 最後のサムライ」▽渡辺丈彦「土を喰らう十二ヵ月」