「イツカ、ミライハ」より

「イツカ、ミライハ」より© 2024 Netflix, Inc.

2024.12.23

「ブレードランナー」を思わせる、タイ発の近未来SF「イツカ、ミライハ」

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

筆者:

ひとしねま

屋代尚則

Netflixで、ちょっと気になるタイトルのシリーズ作品が配信されている。「イツカ、ミライハ」で、制作国はタイ。日本の地上波テレビでは近年、タイのボーイズラブ(BL)ドラマが放送されるようになってきているが、今作はBLとは違って、例えば映画「ブレードランナー」を連想させる近未来が舞台の作品という。筆者にとって、BLもの以外では初めての「タイ発のドラマ」の視聴体験は、いい意味で予想を裏切られる結果になった。


ディストピアな「20☓☓年」が舞台

「イツカ、ミライハ」は全4話。各話で登場人物が違うオムニバス形式だが、現在より時間の進んだ「20☓☓年」のタイや世界が舞台という設定が共通している。描かれるのは、バラ色の未来ではなく「ディストピア」な雰囲気が漂う世界という。

さっそく第1話「厄介者」を視聴した。テーマは「クローン人間」。あらすじはこうだ。ノン(パコーン・チャットボリラック)の妻ヌーン(ワラントーン・パオニン)は、医師でありタイ人女性初の宇宙飛行士。ヌーンは宇宙ステーション滞在の任務を負い、夫と宇宙規模で離ればなれになる。ヌーンは任務を終えて帰還する直前、酸素を供給するシステムが異常をきたし、他の飛行士たちと共に絶命する。彼女は変わり果てた姿で、地球に帰ってきた。

悲しみにくれるノンは、妻をクローン人間としてよみがえらせようと決意する。今作のタイには既に、クローン動物を生成する十分な技術はあるが、クローン人間を生成するのは違法とされている。それでも、と手を尽くすと、本人の記憶を取り出すために、脳の実物が必要なのだと知る。ノンは妻の遺体が保管された病院に潜入し、遺体を盗み出す。ヌーンは果たして「生き返る」のか?


「厄介者」って誰?

……と、第1話の計1時間21分のうち、ここまでで半分ほど。後半で、予想外の展開が待つ。ネタバレになるので詳しくは避けるが、最後まで見て、前半での描写ひとつひとつに筆者は納得した。ああ、だからヌーンの父親や妹は、家族をよみがえらせるのにあれだけ反対していたのか。タイトルの「厄介者」に込められた意味も判明する。もう少しだけ言及するなら、第1話では途中から驚きの人物が登場する。最後まで見てもらえれば、筆者が指す人物が誰なのかは、分かっていただけると思う。

映像も凝っている。現代は「iPad」などのタブレット端末が普及しているが、今作の世界では、無色透明のアクリル板のような端末に、デジタル画面が映し出される。ああ、自分(筆者)は生きている間に、この端末を手にできるかな……と空想してしまうくらい、なかなかに楽しめた。ただ、思い返すと、そういう〝未来予想図〟の描写につい引き込まれていたから、前述の予想外の展開に気付くスキがなかったのかな、とも思った。


全4話、どれが好き?

「イツカ、ミライハ」の第2話は、人間そっくりの「セックスロボット」が、第3話は仏教国のタイらしいのか、善い行いをすると「徳」のポイントがたまっていき、欲しいものと交換できるシステムが普及した社会が舞台になっている。第3話の主人公は「仏教の商業化」に苦い顔をする「伝統的」な僧侶だが、物語の途中からある考えが芽生え……。

最後の第4話の題は「タコ少女」。地球の環境破壊が進み、一日と間を空けず雨が降り続ける世界が舞台だ。太陽の光が降り注がない環境は、病気が流行する。世界はあらゆる病魔を防ぐワクチンの開発に成功するが、接種したら人体にある変化が起こるのを理由に、タイの首相は輸入を拒む。しかし、国じゅうに病気は広がる。鬱屈する民衆は、テレビの歌番組で「奇跡の歌声」を披露した少女に希望を見いだし……。

全話を視聴した筆者の好みで言えば、最もびっくりしたのが第1話の後半で、最も考えさせられたのが第4話の終盤だった。各話とも、それぞれに味わい深い結末が待つ。皆さんはどのストーリーがお気に入りか、視聴後のドラマ論を聞いてみたくなった。

日本で「海外ドラマ」と言えば欧米、韓国などで制作された作品が人気だが、近年は例えば中国、台湾、タイを含む東南アジア発の作品も続々とネットで配信されている。チェックする国・地域がどんどん増えていきそうで、うれしい半面、ますます時間がなくなりそうで大変だ、とも思う(もちろん、楽しむために見るのだけれど)。そして、そうした環境は「イツカ、ミライハ」で描かれている世界よりも「近い」未来に実現しそう、いや、もう実現しているだろうか。


渋谷の街で〝聖地巡礼〟?

最後に。「イツカ、ミライハ」には、日本の視聴者にとっては「おまけ」のように感じられる場面もある。全4話の中のある回で、東京の「渋谷センター街」の一角が登場する。話の本筋に深くは絡まないシーンだが「え、現地で撮影したの?」と、視聴後も気になっている。

久々に渋谷の街を〝聖地巡礼〟(?)してみようか。その気になれば、現地でスマートフォンを取り出して、ドラマの映像と照らし合わせることもできる。ん? それって、過去の人が想像した「ミライ」の姿だったのかも。思い返せば私が生まれた頃、スマートフォンなるものはまだ世に存在していなかったのである。私たちは既に今、すごい世界を生きているのかもしれない。

Netflixシリーズ「イツカ、ミライハ」は独占配信中。

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