ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
「プレゼンス 存在」©2024 The Spectral Spirit Company. All Rights Reserved.
2025.3.06
<考察>「プレゼンス 存在」幽霊が見つめているもの ソダーバーグの実験ホラー
2010年代の初頭に監督業引退を宣言し、いくつかのテレビシリーズに携わったのち、「ローガン・ラッキー」(17年)で復活。その後は持ち前の軽やかで柔軟なフットワークで、コンスタントに新作を放っているスティーブン・ソダーバーグが、ついにホラー映画を発表した。
引っ越し先の新居にいた何か
とある住宅街の大きな2階建ての一軒家。そこに親子4人のベインズ一家が引っ越してくる。やがて多感な10代の娘クロエ(カリーナ・リャン)は、家の中に家族とは別の何かが〝存在〟しているのではないかと感じるようになり……。
設定は、このうえなくオーソドックスな幽霊屋敷もの。しかし実験精神旺盛なソダーバーグが、ありふれた幽霊屋敷ホラーを作るはずがない。何とこの映画、全編が幽霊の視点で撮られているのだ。
もちろん過去にも、デビッド・ロウリー監督作品「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」(17年)のように、幽霊の視点を採用した映画はあった。ソダーバーグが実践した試みは、POV(一人称視点)ショットによる幽霊の「視線」でストーリーを語ることだった。
「プレゼンス 存在」©2024 The Spectral Spirit Company. All Rights Reserved.
芸の細かいワンシーン・ワンカット
冒頭の時点で、幽霊は空っぽの家の中にすでに存在しており、そこに引っ越してきた一家の日常を見つめ続ける。登場人物が階段を上がればその後を追いかけていくし、別の登場人物が現れればそちらを振り向く。トラッキングやパンショットで滑らかに映像化された幽霊の視線の動きは実にアクティブで、幽霊は家の片隅や物陰にボーッと静かに「たたずんでいる」ものだという既存のイメージをひっくり返す。
しかもソダーバーグは徹頭徹尾、ワンシーン・ワンカットの様式を貫いた。数分間の長回しを駆使した各シーンは、まるで幽霊が「目をつむる」ようなフェードアウトの黒みで閉じられる。よくよく見ると、その黒みには長さの違いがあるので、おそらく短い黒みは数分か数時間、長い黒みは数日か数週間というふうに、時間経過のスパンの長短を表現しているのだろう。何という芸の細かさ!
本作は家族を主体にした「ドラマ」も、きちんと練り込まれている。ソダーバーグの意を受けて脚本を執筆したのは、「ジュラシック・パーク」(1993年)や「ミッション:インポッシブル」(96年)などのベテラン、デビッド・コープ。監督でもあるコープは「エコーズ」(99年)などの心霊ものもいくつか発表している。
ベインズ一家の4人は皆、問題を抱えて苦悩している。とりわけ多感なクロエは、親友を亡くした深い喪失感にさいなまれている。クロエはその寂しさをまぎらわせるように、兄の友人である年上のライアンと付き合い始める。家族がいない隙(すき)を見計らってライアンを部屋に招き入れ、ドラッグでハイになったり、体を重ねて親密に愛し合ったりする。
「のぞき見」感覚が増幅
ティーンエージャーのリアルな生態を描くこれらのエピソードは、本作における最もスリリングなパートになった。なぜなら幽霊の視線ショットを用いたことで、映画を見るという行為の本質のひとつである「のぞき見」の感覚がいっそう増幅し、見てはいけないものを見ているようなプライベート性を高めているのだ。
本作の幽霊は、いわゆる「悪霊」ではない。映画を見進めるうちに、幽霊はクロエを見守っていて、彼女に危険が迫るとそれを阻止しようとする。ところが一見、優しいイケメンであるライアンの隠された本性が明らかになっていき、クロエを取り巻く事態はじわじわと緊迫していく。はたして幽霊は、そのときいかなる行動に出るのか。そこに幽霊の「存在理由」がある。あっと驚くポルターガイスト現象がさく裂するのか、見てのお楽しみだ。
「主演」も兼ねたソダーバーグ
ちなみに撮影監督としてクレジットされたピーター・アンドリュースは、ソダーバーグの変名だ。つまりステディカム付きの小型カメラを手にして現場を駆け回ったであろうソダーバーグは、自ら幽霊の視線を「演じた」ことになる。劇中、一度も画面に姿が映らない幽霊こそは本作の主人公なのだから、「主演」を兼任したと見なしてもいいだろう。
そして家族の葛藤、少年少女のセックスとドラッグ、喪失や罪の意識といったテーマを扱った本作は、ラストシーンで「鏡」を小道具にして、時間軸のねじれというトリッキーなひねりを盛り込んでいる。筆者は一瞬、何が何だかわからず混乱したが、面白い解釈が可能なエンディングだ。こんなにも手の込んだ幽霊屋敷ホラーの新機軸を、低予算の早撮りで作り上げるとは、さすが才人ソダーバーグである。