「セコンド」©1966 Paramount Pictures Corporation, Joel Productions, Inc. and Gibraltar Productions, Inc. All Rights Reserved.TM, ® &©2015 BY PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

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2023.10.11

顔も名前も変えたのに……新たな人生が招く悪夢 「セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

2002年に他界するまで40年間にわたってハリウッドで活躍したジョン・フランケンハイマー監督は、「フレンチ・コネクション2」(1975年)や「RONIN」(98年)、以前に本コラムでも紹介した「ブラック・サンデー」(77年)など、数々の男臭いアクション映画を世に送り出した。この活劇派の鬼才が築き上げたフィルモグラフィーには、〝パラノイア3部作〟と呼ばれる奇妙な味わいのスリラー映画が含まれている。


 

キーワード 〝もうひとつの人生〟というパラノイア

朝鮮戦争での共産主義勢力による洗脳の恐怖をテーマにした「影なき狙撃者」(62年)。東西冷戦下の国際情勢を背景に、米軍部の反政府クーデター計画を描いた「5月の7日間」(63年)。のちに前者は「クライシス・オブ・アメリカ」(04年、ジョナサン・デミ監督)、後者は「アメリカが沈むとき」(94年、ジョナサン・ダービー監督)としてリメークされた。
 
「影なき狙撃者」「5月の7日間」は共に政治色の濃い陰謀スリラーだったが、今回紹介する〝パラノイア3部作〟の3本目「セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身」(66年)は、ごく平凡な一市民がたどる世にもストレンジな物語。とある男性の顔面のクローズアップをフィーチャーした、ソール・バスのデザインによるメインタイトルから異様なイメージが続出するサイコスリラーである。
 

新しい顔、新しい生活、新たな恋

ニューヨークの銀行マン、アーサー・ハミルトン(ジョン・ランドルフ)は、妻との結婚生活も冷め、これといった生きがいもない単調な日々を送っていた。そんなアーサーが顧客に〝第二の人生〟を提供する謎の企業と契約を結び、整形手術を受けることに。やがて若々しくハンサムな男性に生まれ変わったアーサーは、独身の画家トニー・ウィルソン(ロック・ハドソン)を名乗り、カリフォルニア州マリブの邸宅での新たな生活をスタートさせる。そんなある日、浜辺で出会った奔放な女性ノラ(サロメ・ジェンズ)と恋に落ちたアーサーは、生きる情熱を取り戻していくのだが……。


されどファンタジーにあらず

〝もうひとつの人生〟は、ハートフル系のヒューマンドラマやファンタジーでしばしば取り上げられてきたテーマだ。例えばフランク・キャプラのクリスマス映画「素晴らしき哉、人生!」(46年)では、世をはかなんで川への身投げを図った主人公ジョージ(ジェームズ・スチュアート)が、見習い天使からジョージが存在しない〝もしもの世界〟を見せられ、家族のもとに帰る希望を取り戻す。また〝もうひとつの人生〟は〝人生のセカンドチャンス〟という普遍的な主題とも共鳴し、観客に心温まるメッセージを届けてくれるのが常だ。
 
ところが「セコンド~」には、人生が好転するポジティブな要素がどこにもない。本作でアカデミー賞にノミネートされた撮影監督ジェームズ・ウォン・ハウによる奇怪に屈折したモノクロ映像は、ジェリー・ゴールドスミスが手がけた前衛的なスコアと相まって見る者を憂鬱な気分にさせる。


コントロールされた第二の人生

ストーリー展開も実に不可解だ。冒頭、主人公アーサーは列車内で正体不明の人物から突然一枚のメモを手渡される。そのメモに記された住所を訪ねたアーサーは、クリーニング店や食肉工場をたらい回しにされた揚げ句、前述した謎の企業のビルへとたどり着くのだが、そこには事務的な手続きを説明する係員が待ち受けている。サービスの料金は3万ドル。身元不明の遺体を用いて死を偽装することで、アーサーは存在そのものが社会から抹消され、世間とのしがらみが一切ない別人になれるのだ、と。こうした生まれ変わるための〝段取り〟の描写が、いちいち細かくて生々しい。いわゆるカフカ的な悪夢を、これほどまでにリアルに映像化した映画は珍しいのではあるまいか。
 
しかしアーサーが望んでいたはずの新たな人生は、どうしようもなく現実味が希薄だった。都合のいいタイミングで目の前に現れた美女ノラとの恋愛も、新米画家としての創作活動も、彼の虚無感を埋められない。すると、謎の企業がひそかに動き出す。実はアーサー/トニーの日常はすべて企業に監視されており、彼はすべて人為的にお膳立てされた〝もうひとつの人生〟に囚(とら)われていたのだ! ピーター・ウィアー監督が虚構の世界を生きる男の運命を描いた風刺喜劇「トゥルーマン・ショー」(98年)を先取りしたようなトリッキーな構造のスリラーなのである。


被害妄想の異常心理描くカルト作

そもそも〝パラノイア3部作〟と呼ばれる本作のようなパラノイアックスリラーは、何事も信じられない被害妄想的な極限状況に陥った主人公の異常心理を描くジャンルだ。そうしたパラノイア映画は40年代ハリウッドのフィルムノワール、70年代のポリティカルスリラーに数多く見受けられるが、フランケンハイマーはその端境期の66年に本作を発表した。
 
60年代を代表するパラノイア映画といえば、この分野の巨匠たるロマン・ポランスキー監督の「ローズマリーの赤ちゃん」(68年)がすぐさま思い浮かぶ。それに先立って公開された本作は「ローズマリーの赤ちゃん」のような興行的成功は達成できなかったが、のちに再評価され、今なお一部の映画ファンのカルト的な支持を得ている。

「セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからDVD発売中。1572円。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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