毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.8.26
スワンソング
米オハイオ州サンダスキー。かつて人気のヘアメークドレッサーで「ミスター・パット」と呼ばれたパトリック(ウド・キアー)は、老人ホームで退屈な隠居生活を送る。ある日知らされたのは、顧客だったリタ(リンダ・エバンス)の「死化粧をお願いしたい」という遺言だった。
ゲイとして生きてきた人生や最愛の人の死、リタへの複雑な思いを抱えながら、パットは町へと向かう。老人ホームを抜け出して、大ぶりな指輪をスッと着ける。そのエレガンスな仕草だけで、亡き友のために人生最後の仕事をすると覚悟を決めたことを鮮やかに伝えるキアー。
名曲とともに、上品でゴージャスな彼の芝居を存分に味わえる。変わりゆくゲイコミュニティーへの郷愁をにじませながらも、自分の足で町を歩くパットに悲愴(ひそう)感はない。安全だが味気ないスニーカーからきゃしゃで美しい靴へと履き替えた足元を映し出す場面にも、ユーモアと尊厳がある。トッド・スティーブンス監督。1時間45分。東京・シネスイッチ銀座、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(細)
ここに注目
アメリカの小さな田舎町の道、店、風景がいい。老人ホームを抜け出したパットのロードムービーは、彼の人生を見つめる軌跡であり、寂れゆく町は演出効果そのものだ。夕日に輝き、ダンスを踊り、死化粧を施す姿に、スティーブンス監督のゲイ文化への敬意が刻まれている。(鈴)