「オッペンハイマー」トークイベントに参加した(左から)アーサー・ビナード、平岡敬元広島市長、森達也=2024年3月12日、根本佳奈撮影

「オッペンハイマー」トークイベントに参加した(左から)アーサー・ビナード、平岡敬元広島市長、森達也=2024年3月12日、根本佳奈撮影

2024.3.15

元広島市長「原爆の恐ろしさ不十分」 アーサー・ビナード「観客が立場に同化」 「オッペンハイマー」広島試写会

〝原爆の父〟と称される天才物理学者の半生を描いた「オッペンハイマー」。第二次世界大戦末期、広島、長崎に投下された原爆開発の舞台裏と天才科学者の葛藤を、壮大なスケールで映像化。日本公開までに曲折を経た一方、アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞など7部門を制覇。賛否渦巻く問題作を、ひとシネマが独自の視点で徹底解剖します。

根本佳奈

根本佳奈

アカデミー賞で作品賞など7部門を受賞した「オッペンハイマー」の国内初の一般向け試写会が12日夜、広島市の映画館「八丁座」で開かれた。広島在住の高校生や大学生ら約110人が招かれ、上映後には平岡敬元広島市長(96)らがトークイベントに臨んだ。ヒロシマの観客に、映画はどう映ったのか。


「人生や複雑な性格描いている」

トークイベントには、広島市在住で米国出身の詩人、アーサー・ビナードと、同県呉市出身で映画監督の森達也も登壇した。平岡元市長は「原爆や核兵器の恐ろしさが十分に描かれていないのでは」と懸念しつつ、映画について「オッペンハイマーの人生や、複雑な性格を描いたものだ。核兵器の問題を追及するのは少し無理があるかもしれない」と述べた。

映画は第二次世界大戦中、原爆開発の「マンハッタン計画」を主導して「原爆の父」と呼ばれたロバート・オッペンハイマーが、原爆投下の惨状を知って苦悩していく姿などを描いている。広島と長崎への投下や、被爆地で何が起きたかを直接描写した場面はない。

平岡元市長は「広島と長崎がやられたという話で終わっている。あとは観客の想像力の中で、核兵器がいかに恐ろしいかを考えていくのだと思うが、広島の立場としては、もっと恐ろしさが描かれてもよかったのでは」と指摘した。その上で、「米国人の命を救うために(原爆が)使われた、という結論に持っていきかねない筋立てになっている」と話した。

「思考を刺激。前代未聞」アーサー・ビナード

一方、ビナードは映画が持つ「新しさ」に言及。「観客がオッペンハイマー(の立場)になり、核開発の残酷な流れに立ち会うことができる。その代わり、必然的に被爆地の被害の実相を外している」と話した。その上で「観客が受け取るメッセージはそれぞれ異なり、思考の刺激や疑うことにつながる。ハリウッドからこういう作品が出てくるのは前代未聞に近い」と評した。

森はオッペンハイマーを「弱く悩み多き人」と捉え、「弱い彼がリーダーだから意味がある。悩み続けるからこそ、この映画はできた」と語った。作中には、原爆投下後にオッペンハイマーらが被爆地の映像を見る場面があり、スクリーンに映るのは彼がただ目を背けてうつむく様子だ。森は間接的な原爆被害の描き方に触れ、「間接話法はまどろっこしいが、届いた瞬間強い(メッセージとなる)。成功した映画だ」と評した。

学ぼうとする意思が一歩に

映画を見終えた学生らからは3人に対し、「どうしたら核なき世界は訪れるのか」「核兵器を持たずに平和を保つ方法とは」「次の世代への歴史の伝え方は」と次々に質問が上がった。

森は「日本の加害の歴史など、視点をたくさん入れることが本当に大事だ」と応じ、「核兵器禁止条約を批准すらしていない日本は被爆国というカードを全然行使していない。若い世代で共有し、どんどん広めてほしい」と呼びかけた。

ビナードは「核が必要だと言う人が多くいる中で『必要ない』と言えるようになり、強く生きていかないといけない。自分が変わらない限りは世界は変わらないし、世界が変わらなくても自分が変わる意味や必然性は見つけられる」と話した。

平岡元市長は「広島の惨劇を伝え続けるしかない」と訴えた。また、オッペンハイマーが戦後の「赤狩り」でつるし上げられたことに触れ、「ああいう時代の空気を絶対に持ってきてはいけない。いつか『平和』と平気で言えなくなる時代がくるかもしれない。そういうことを考えて、この映画から学んでほしい」と伝えた。

崇徳高2年の梅次彩葉さんは「戦争や原爆について広島の視点でしか考えたことがなかったが、さまざまな視点から見つめて考えることが大切だ」と感想を述べた。同1年の洲浜侑さんは「原爆投下を過去のことと捉えず、まずはこの映画などを通じて知ることが大事だと思った。一人一人が学ぼうとする意思を持つことが世界平和への小さな一歩になる」と話した。

「オッペンハイマー」は3月29日、全国公開。

ライター
根本佳奈

根本佳奈

ねもと・かな 毎日新聞広島支局記者。平和報道、広島市政担当。1998年仙台市生まれ、2021年入社。

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  • 「オッペンハイマー」トークイベントで語る(左から)平岡敬元広島市長、アーサー・ビナード、森達也
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