「ヨーロッパ新世紀」©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022

「ヨーロッパ新世紀」©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022

2023.10.12

〝受け入れ〟は移民問題の解決策なのか 「ヨーロッパ新世紀」を見た国際学部生が得た新たな視点

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

田野皓大

田野皓大

私は大学で国際関係学部に在籍しており、移民や難民について勉強している。グループワークをすれば、みな口をそろえて「移民が働きやすい環境を整えるべきだ」「移民の権利を認めるべきだ」など、移民ありきの考えを主張する。私も、そんなことを毎回言っていた。しかしこの作品には、教室の講義ではイメージしづらい移民労働者の問題がリアルに描写されていた。映画を見ながら、移民問題の本質は移民の受け入れ体制などだけという、単純ではないと考えさせられた。

 

ルーマニアの一小村に来たスリランカ人労働者

舞台はルーマニアの地方の田舎町。町はかつて採鉱業で栄えていたが炭鉱が閉山し、残る林業も衰退しつつある。町のパン工場が従業員を募集するが、住民の応募がないため3人のスリランカ人を雇い、彼らは町の一角に住み始めた。ちょっとしたきっかけで移民労働者について住民が文句を言い出すと、やがて不満が噴出する。住民は国の歴史に詳しく、出身や民族的背景にこだわり、自分や他人のアイデンティティーを非常に気にしているようだ。熱心に教会に行き、みんな顔見知りで何かあったら教会の神父に相談する。結束の強さは尋常ではなく、その巨大な力には恐怖すら感じる。
 
クライマックスで、その住民たちが集会場に一堂に会し、移民を受け入れるべきかを巡って激しい議論を交わす。17分にも及ぶ非常に長い描写で、臨場感あふれるシーンだ。住民の多くは、「移民に出て行ってほしい」と口をそろえる。「毎日食べているパンに触れているなんて気持ち悪い」「我々とは違うウイルスを持っており病気を広める」、しまいには、移民労働者の肌の色からムスリムと決めつけ「必ず家族を連れてきてモスクを建て、この町は潰される」とまでいう始末。どれも非科学的で感情的だ。


理屈超えた制御不能な暴力的〝民意〟

だが、もし自分が住民として集会に参加していたら、反論できただろうか。もし、自分だけが異論を唱えて、スリランカ人のように何者かに家が放火され村八分にされたら。そんな危険をはらむ中で本音を言うなんて、無理であろう。民意という暴力をヒシヒシと感じた。この議論を交わすシーンでは、移民問題に対する問題提起の他に、ここで表現されている〝民意〟が民主主義の矛盾を訴えているようにも思えた。
 
一見すると住民はとんでもなく保守的な差別主義者で、移民を擁護しようとするパン工場の責任者たちはそれらの偏見と戦っているようだ。しかし、違う見え方もあると思った。「なぜ私たちの仕事に外国人を雇うのか」とある住民が問いかける。工場長は「住民の誰も応募しないからだ」と答える。だが、報酬は最低賃金で、現地住民を雇用しようという思いが全く感じられない。正直私は、「移民労働者はより安く雇えるから雇っている」という一部住民の意見に共感してしまった。話し合いの後、工場長もパンが売れなくなることを危惧して、来る予定だった移民を急きょ断ろうとする。まさに、経営陣の本音が垣間見えるシーンだ。


クマと羊の関係でいいのか

映画にはクマが、印象的に登場する。舞台であるルーマニア北東部では、昔から神聖な生き物とされ信仰の対象になっているそうだ。町にはフランスの環境保護運動家が、クマの数を数えるために滞在している。町の住民は、クマの保護を訴える活動家に、羊がクマに襲われていると怒りと共に反論する。ラストシーンでは、森に入った主人公マティアスが、突然現れた多くのクマを前にして立ち尽くす。
 
私には、クマが移民問題の象徴に見えた。クマは羊を襲い、現地住民の生活の糧を奪っている。しかし住民も、神聖な動物であるためか積極的に駆除しているようには見受けられない。クマは増え続け、羊は減っていく。
 
移民は人手不足の解決策となる一方で、安価な労働力として利用される功利主義的な面も否めない。地元に条件のいい仕事がなく、仕方なく出国する人が少なくないのに、国内の雇用問題に手を付けない。EUが企業に補助金を出して移民受け入れを働きかけていることも、映画には描かれている。クマは駆除すべきか保護すべきか。移民問題と同様、一筋縄ではいかない。


人ごとではない 

日本も人ごとではない。就活は売り手市場と言われ、日本人が就きたがらない職の労働力を外国人に頼り始めている。知人の農家も技能実習生に助けられているという。家の周りでも、海外から来た労働者が空き家を借りて集団生活をしている。今や移民労働者は身近な存在だ。しかし日本人同士ですら、都市部からの移住者と地元民との間に争いが起きているという。多様性を認めない人がいる中で、映画のようなことが起こる可能性はあると思う。
 
作品を見て、移民問題のグループワークで述べていた自分の意見が一面的だったことに気づいた。問題の根は深く複雑だった。〝はじめに移民ありき〟ではないのだ。受け入れ体制の議論だけでなく、各国の労働市場や経済事情も関わっている。また、作品中のように住民感情という理論では片付けられない側面があることも。政策を優先するのか、民意を優先するのか……。グループワークの際、これからどんな意見を述べればよいのか、迷っている。

ライター
田野皓大

田野皓大

たの・あきひろ 2003年埼玉県生まれ、日本大学国際関係学部国際教養学科在学中。高校時代は演劇部で、演出や舞台美術などを担当。23年5月より毎日新聞「キャンパる」編集部学生記者。
 

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