「サンクチュアリ -聖域-」Netflixで独占配信中

「サンクチュアリ -聖域-」Netflixで独占配信中

2023.6.22

きれいごとだけでない「お相撲さん」の魅力 現役相撲記者も納得「サンクチュアリ」の〝あるある〟度

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

村社拓信

村社拓信

大相撲夏場所が開催された2023年5月。両国国技館に近いJR両国駅に、「サンクチュアリ-聖域-」の主人公・猿桜の大きなモニュメントが設置されていた。「きれいごと」だけではない内容を耳にしたり「あれはあれで面白い」「あんなに暴力的ではない」という親方もいたりと、関係者の間でも話題になり相撲記者の私も気になっていた。横綱・照ノ富士の復活優勝や新大関・霧島の誕生で湧いた夏場所が終わって一息つき、ようやく見ることができた。


「角界、ぶっ壊す!」……とは言えないが

「現実にはありえないだろう」と思うところは、たくさんあった。主人公がいくらやんちゃとはいえ、師匠や親方衆、兄弟子に横柄な態度を取れば、すぐに注意されるはず。本場所の土俵での、派手なパフォーマンスも現実には考えにくい。
 
万が一、猿桜のように、初土俵からまもない力士がガッツポーズなどすれば、師匠が厳しく指導されるのではないか。ましてや「角界、ぶっ壊す」なんて言ってしまえば、どうなることか。猿桜の取組について記者が干渉する余地もない。ただ、そうした部分も含めて「劇画」として楽しめた。


 

力士OBに学生相撲で異世界再現

出演者には力士OBのほか、学生相撲経験者も多数いた。猿桜のライバル、静内は元十両・飛翔富士が演じていたし、兄弟子、猿谷は元幕下・千代の真。東大出身で注目を集めている木瀬部屋所属の須山も、入門前に出演していた。思わぬ場面で知っている顔を見つけ、「こんな人も出ているんだ」と興味を引かれた。体を大きくして戦い合う、一般社会とは違う「異世界」の雰囲気が再現されていた。
 
土俵の掃き方や稽古(けいこ)が終わった後に砂で山を作るところなど、細かいところも見逃していない。相撲記者には見慣れていることでも、普段相撲を見ない人には新鮮かもしれない。繰り返し四股の重要性を説くのにも、好感を持てた。終盤には「小指」が強調されるが、角界では「まわしは小指から取る」と言われる。地味でも大切な技術論が作品に厚みを与えていた。


夏場所の取組前に塩を投げる朝乃山=2023年、北山夏帆撮影

朝乃山の「天使の羽」も

〝あるある〟エピソードも、ふんだんに盛り込まれていた。冒頭、兄弟子のお尻を拭かされ、割り箸で流すのを手伝わされる場面に、ある力士OBは「自分たちはあんなことしたことない」と話してはいたが、まだトイレ事情が悪かったころなら、あったかもしれない……。
 
兄弟子が生意気な猿桜をテッポウ柱にくくり付ける場面は、過去の暴行事件を思い出した。取組に向かう猿桜の背中を、花道の奥で兄弟子が手の跡が付くくらい強くたたく。これは現役の幕内力士、朝乃山が実際にルーティンにし、ファンの間で「天使の羽」と呼ばれている。
 
力士が走り込みをする場面がある。今回は描かれなかったが、新弟子が通う相撲教習所では、両国国技館の敷地内を走ることがある。かつてはテレビ番組で力士が出演する「運動会」があった。体は大きくても、走ると速いお相撲さんは結構多いと思う。


 

左遷先が「相撲担当」とは……

忽那汐里演じる関東新聞の相撲担当記者、飛鳥は、政治部から「左遷」されていた。毎日新聞ではスポーツ取材を担当する部署は「運動部」といい、大相撲担当も属している。左遷先が「運動部」ではなく「相撲担当」と限定されたのには苦笑した。
 
冒頭、飛鳥が初めて朝稽古を見て、しごきにも思える激しさに引いていた。05年夏場所が取材の「初土俵」だった自分も同じ経験がある。当時はまだ稽古場に竹刀が置いてあり、容赦なく振るわれていた。ぶつかり稽古では、ぶつかる方が土俵や羽目板にたたきつけられ、立てないと水が掛けられた。
 
稽古は「心技体」の心も鍛えるものとされる。力を出し切って疲労困憊(こんぱい)になった状態から、さらにもうひと押しを求めることもある。各競技で日々アップデートされるトレーニングの理論よりも、精神論が重視されるようにも見える。


優等生だけではない力士たち

ただ、大相撲は鍛えた体をぶつけ合い、一歩間違えば、大けがにつながる。少しでも気を抜かないように稽古は厳しくなるし、集中力を欠いたとか力が抜けてしまったと感じられれば、激しく奮起を促す。過去を振り返れば、指導のやり方が現代では合わないこともあったかもしれないが、考え方は理解できる。
 
他競技の選手とは違い、力士はまげを結い、着物や浴衣で外出する。普段の生活から周囲の目を引くだけに、息苦しさも感じるだろう。一方で、タニマチと呼ばれる後援者の協力を得て、角界ならではの経験もする。かつては中学卒業後、15歳で入門することが多かった。進学する代わりに相撲に打ち込む一方で、有名企業の社長や高名な僧など、多くの著名人と出会う機会に恵まれ、さまざまな分野の話を聞き、勉強しながら、力士だけでなく社会人として成長していくものだとされた。
 
獲得した数百万円の賞金を、一晩で使い切って飲み明かしたという豪快な話も聞いたことがある。高潔性が求められる「アスリート」ならほめられた話ではないかもしれないが、土俵での厳しさとともに、想像を超える豪快さも「お相撲さん」の魅力だと思う。角界もコンプライアンス順守の意識は浸透し、個々の力士もアスリートとして、トレーニングや体調管理の意識は高くなった。そんな中で「サンクチュアリ」は、現実離れしているとはいえ優等生だけではない力士の姿を描いている。


夏場所の初日前夜、JR両国駅に猿桜のモニュメントが村社拓信撮影

土俵でぶつかる「生き様」を取材

6月は、本場所の合間となる偶数月の中でも、2月とともに巡業もない月だ。今年は角界でも、コロナ禍でできなかった結婚披露宴や断髪式などが相次いで行われた。プロ、アマ問わずスポーツ選手のプライベートな発表はSNSでされる傾向が顕著になる中、角界では冠婚葬祭が大切にされ、取材機会も設けられる。相撲担当も入門、昇進、結婚、引退、断髪と、あらゆる場面に立ち会う。
 
ドラマでは猿桜やライバルの静内だけでなく、登場人物それぞれの人生が描かれた。いろんな葛藤を持ちつつ土俵で対戦し、見守る人がいる。それは現実でも変わらない。ドラマと現実の取材活動を重ね合わせ、大相撲の取材は力士の「生き様」に触れていくものだと、改めて気づかされた。

「サンクチュアリ 聖域」はNetfixで独占配信中。

ライター
村社拓信

村社拓信

むらこそ・ひろのぶ 毎日新聞運動部記者。1976年生まれ。2004年入社。津支局、中部報道センターを経て、11年から東京運動部。14年にはサッカーW杯ブラジル大会を現地取材。担当の大相撲は05年夏場所が「初土俵」。あんこ型だが、報道陣で行った相撲大会では2戦2敗。