「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」

「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」© Natalia Voronova

2024.11.07

バレエ鑑賞歴20年の記者がドはまり「最高の体験」IMAX版「白鳥の湖」 「パリ・オペラ座の舞台上にいる気分」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

ひとしねま

倉田陶子

スクリーンに映し出された〝白鳥〟の姿は、見たこともない美しさに満ちあふれていた。バレエは生の舞台を鑑賞するからこそ、その魅力に触れることができる。バレエを見始めて20年以上、ずっとそう思ってきた。日々の鍛錬で作り上げられたダンサーの肉体から生まれる美しい踊りや息づかい、音楽を奏でるオーケストラと踊りの一体感、華やかな衣装や舞台装置、詰めかけた観客の「思い切り楽しむぞ」という高揚感――。どれか一つでも欠けてしまったら、決して味わうことができない感動がある。

でも、IMAX認証カメラで収録された「パリ・オペラ座『白鳥の湖』IMAX」は美しい世界をより美しく提示し、「こんなアングルで見てみたかった」という望みをかなえてくれた。スクリーン越しだけど、「ブラボー」と拍手を送りたいくらいだ。


白鳥の一員になって踊っている感覚

パリ・オペラ座バレエは350年以上の歴史を誇り、その起源はルイ14世の時代にさかのぼる。「エトワール」(フランス語で星の意味)と呼ばれる15人ほどの最高位のダンサーを頂点に、約150人のダンサーが所属。古典の名作から現代の振付家による最新作まで、バラエティーに富んだラインアップで多くの観客を魅了し続けている。
 
今作がうたうのはIMAXならではの没入感。カメラはダンサーに肉薄し、時には群舞の中へ入り込んでいく。見ている側は劇場の最前列どころか舞台上にいるような、さらに言えば自分も踊っているような感覚に陥る。まったく踊れない私も、白鳥たちの一員になった気分だ。


1877年初演、現代へ

古典バレエの傑作「白鳥の湖」は、1877年にモスクワのボリショイ劇場で初演された。このときは残念ながら評価されなかったものの、振付家のマリウス・プティパとレフ・イワノフが改訂し、95年、サンクトペテルブルクで上演されて人気に。チャイコフスキーの叙情豊かな音楽と共に、現代に踊り継がれてきた。

プティパ―イワノフ版の誕生後も、数々の振付家が改訂版を発表している。その多くは悪魔ロットバルトの呪いによって白鳥の姿に変えられたオデットと、彼女を救おうとするジークフリート王子を軸に物語が進む。二人は真実の愛によって呪いを解こうとするが、ジークフリートがロットバルトの娘で黒鳥のオディールに翻弄(ほんろう)されて――という展開が一般的。悲しい結末もあればハッピーエンドもあるけれど、私の一番のお気に入りは今作でも踊られているルドルフ・ヌレエフ版だ。


パク・セウンの超絶技巧にくぎ付け

伝説的ダンサー、ヌレエフ(1938~93年)は83年、パリ・オペラ座の舞踊芸術監督に就任し、オペラ座の黄金時代を築いた。自らの「白鳥の湖」を創ったのは84年のこと。ジークフリートと家庭教師ボルフガングとの関係に焦点を当て、〝恋に落ちた男女の悲劇〟という単純なストーリーにとどまらない、深い人間ドラマを生み出した。

王子らの存在感が大きいとはいえ、やはり物語の主人公はオデット、そして彼女にそっくりなオディールだ。この2役を演じるのは韓国出身のエトワール、パク・セウン。アジア人として初めてエトワールになった彼女は、豊かな表現力と繊細な踊りで日本にもファンが多い。悲劇に見舞われたオデットは気品にあふれ、ジークフリートを惑わすオディールは自信たっぷり。見事に演じ分けている。オディールの代名詞ともいえる32回転のグランフェッテなど超絶技巧も難なくこなし、確かな技術に目がくぎ付けだった。

また、ジークフリート役のポール・マルクは並み居る男性エトワールの中でも抜群のテクニックの持ち主。オデットに永遠の愛を誓うものの、ロットバルトが仕掛けたわなに落ちていく王子の弱さを見事に体現した。



チュチュのかすかな揺れまで感じた

2024年2月、パリ・オペラ座バレエの来日公演でパクとマルクの「白鳥の湖」を見た時も、二人が紡ぎ出す白鳥の世界に魅了された。だが、今作ではその時には見落としていた新たな発見がいくつもあった。例えば、悪魔に捕らわれた悲哀を漂わせるパクのわずかなつま先の動き、二人が交わす視線に漂う愛と絶望。カメラがクローズアップで捉えた細やかな動きや表情は、映像作品だからこそ気付くことができたと言えるだろう。

さらに、白鳥たちの群舞を真上から映した場面にも魅了された。多くのバレエ作品を映像でも見てきたし、その中には「白鳥の湖」の群舞を上から映すシーンもあった。だが、IMAX認証カメラは、白鳥たちのチュチュのかすかな揺れを鮮明に映しだしていた。それはまるで白鳥の羽が震えているようで、「これが真の没入感か」と納得した。

上映期間は2024年11月8日から、たったの7日間。時間が許せば毎日でも通いたい――。そう思えるほど、最高のバレエ体験だった。

ライター
ひとしねま

倉田陶子

くらた・とうこ 毎日新聞記者

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