毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.7.29
返校 言葉が消えた日
観客に〝恐怖〟を提供するホラー映画は、テーマが二の次になりがち。ところが台湾のジョン・スー監督の長編デビュー作は、重いメッセージをはらんでいる。国民党の独裁政権下で、長らく市民への思想弾圧が行われていた白色テロの時代を背景にしたミステリー仕立てのホラーである。
戒厳令下の1962年。高校3年生の少女ファン(ワン・ジン)が教室で目を覚ますと、なぜか不気味に静まりかえった校舎は廃虚と化していた。男子生徒ウェイ(ツォン・ジンファ)と出くわし、無人の校内を探索するファン。やがて彼女は、秘密の読書会のメンバーが当局に摘発された事件の真相に迫っていく。
人気ゲームが原作の娯楽映画だけに、同じく白色テロの時代を扱ったエドワード・ヤン監督の「〓嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」のような鋭い作家性はない。しかし迷宮に閉じ込められたファンが体験する悪夢的感覚に、台湾現代史の闇を重ね合わせた世界観が秀逸。「共産党のスパイの告発は国民の責務」とつぶやき襲いかかる怪物は、まぎれもなく理不尽な強権主義のメタファーだ。
回想シーンではファンと教師の淡い恋模様が描かれるが、暗く憂鬱な時代の閉塞(へいそく)感は彼女らのささやかな幸せさえ容赦なくのみ込んでいく。すると悪夢のパートでも、さらなるおぞましい光景がフラッシュする。講堂で頭に麻袋をかぶせられた生徒たち、拷問や首吊(つ)り。そして映画はこの惨劇を招いた密告者をめぐる謎の答えを提示し、悪夢から覚めたかのように現代のエピローグへたどり着く。
自由に生きることが罪だった時代を今に伝える本作は、台湾で大ヒットを飛ばし、民主化後に生まれた世代も当時を知る世代も劇場に足を運んだという。台湾戦後史をよく知らない日本人、とりわけ若い映画ファンには驚きの一作ではあるまいか。1時間43分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)
ここに注目
台湾の負の史実をホラーの手法で落とし込んだ斬新で刺激的な一作。政治的な弾圧の光景を一つの学校、さらに小さな読書クラブというミニマムな視座から見つめ、若い世代に橋渡しする意図も強く感じられる。荒廃した学校と雨で真っ暗な周囲、ゆらめくろうそくの炎とホラーのお膳立ては十分だが、過酷な拷問や凄惨(せいさん)な殺害場面などそれを上回る恐怖の時代の陰惨な描写が全編を貫く。ただ、ファンや男子高校生、教師ら当事者の感情の起伏がめまぐるしく、夢演出などもあって、あわただしいままに終わってしまった感覚も残った。(鈴)
技あり
チョウ・イーシェン撮影監督は全体を暗くして人物を浮き出させ、色でメリハリをつける。ウェイは、国民党の教官が待つ異界に迷い込む。張り巡らされた「忌中」の紙。ウェイのほおに血が垂れ、天井からつるされた級友らが映る。監禁された友人ヨウを助けるが、ヨウは教官に射殺され、手にしていた人形の首が床に転がる。拷問されるウェイの回想。ウェイの喉をファンが切り裂くと、血まみれの禁制本が出てくる。人形の白い首や回想場面は明るく緑寄り、流れる血を強調する。ジョン・スー監督が狙う「感情の遍歴」を撮った。(渡)