「偶然と想像・第1話『魔法(よりもっと不確か)』」 © 2021 Neopa/Fictive

「偶然と想像・第1話『魔法(よりもっと不確か)』」 © 2021 Neopa/Fictive

2021.12.09

この1本:偶然と想像 静かにうねる言葉と心

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「偶然と想像」をテーマに、三つの作品を集めた短編集。「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督による、会話の活劇である。

第1話「魔法(よりもっと不確か)」。仕事帰りのタクシーの中、モデルの芽衣子(古川琴音)は、仲の良いヘアメークのつぐみ(玄理(ひょんり))がひかれているのが、自分の元カレ(中島歩)と気付く。つぐみと別れた後、芽衣子は男の元に押しかける。第2話「扉は開けたままで」では、自分を留年させた教授、瀬川(渋川清彦)を逆恨みした佐々木(甲斐翔真)が、同級生の奈緒(森郁月)を使って瀬川にハニートラップを仕掛けようとする。第3話「もう一度」は、高校の同窓会で夏子(占部房子)が仙台を訪れる。駅で女性(河井青葉)とすれ違い、ふたりは互いを同級生と思い込む。

舞台は室内、登場人物はほとんど動かず会話を重ねるだけ。日常の会話は余計なことを言い、回り道しながら進むものだ。よどみなく進む映画やドラマのセリフは本来不自然なのだが、普通は気にしない。作り物と分かっているから。しかし濱口監督の映画ではその〝不自然な自然さ〟が際だつ。言葉の一つ一つが鋭く意味を持ち、会話する2人の関係性を刻々と変えていくのだ。画面は静かでもダイナミックな運動が展開し、始まりと終幕の光景は一変する。

アクション映画の組手のように、濱口映画の会話は緻密な計算でデザインされている。その段取りが、俳優の肉体を得て真実味と共に映像化されるのも、アクション映画と同様だ。俳優たちは、濱口監督の演出によりセリフを体にしみ込ませ、言葉に血肉を与える。大げさな表情も説明もなしに、微細な動きで感情を生き生きと表現する。1編ごとの緊迫感は、アクション映画以上。見終わるごとにホッと力を抜く。類いまれな映画体験である。2時間1分。17日から、東京・Bunkamuraル・シネマ、大阪・シネ・ヌーヴォほか。(勝)

ここに注目

濱口監督特有のセリフの大量連射が、劇的な感情のうねりに結実した短編集だ。第1話の主人公と元恋人の会話は、ナイフの切り合いのようにスリリング。抑制された状況で女子学生と文学教授の心理が波打つ第2話は、妙になまめかしい緊張を生む。そして2人の女性の見当違いなやりとりが、情熱的な告白に変容していく第3話の素晴らしさ! 絶妙なプロットのひねりもさえ渡り、恋愛と人間関係、すなわち人生の可能性を探求したこの企画。エリック・ロメールの「六つの教訓話」「喜劇と格言劇」のようなシリーズ化を望む。(諭)

技あり

飯岡幸子撮影監督が撮った人々は都会の風景に溶け込み、立ち居振る舞いもおしゃれできれいだ。タクシーの薄暗い後部座席で、つぐみが芽衣子に気になる男の話を延々とする。背景の車窓には、ボケた都会を彩る光が浮かんでは消えていく。つぐみを送った後、芽衣子は引き返し、元カレのオフィスへ向かう。オフィスの広い空間で、自由に歩きながらの2人の芝居は、撮影監督の頭が柔軟でないと切り抜けられない。スタッフが少なく、ピントマンも自らやったという。トンネルの歩道など手持ち撮影もうまい。頑張った飯岡を褒めたい。(渡)