この1本:「悪は存在しない」 森に問う対話の可能性
濱口竜介監督の映画は、〝耳で見る〟ものだ。登場人物は平板な口調で含蓄のあるセリフを語る。感情より先に言葉がある。だから観客は、まず聞くことに集中する。本作の主人公、巧を演じた大美賀均は演技経験のない助監督だったそうだが、その声とたたずまいに魅入られ、耳を傾けてしまうのだ。 巧は長野県の山間で娘の花(西川玲)を一人で育てている。無駄なことは口にしない。森を知り尽くし、人と自然の間にいるようで頼りになる。しかし表情は乏しく、つかみどころがない。地域に東京の芸能事務所によるグランピング場建設計画が持ち上がり、住民への説明会が開かれた。事務所代表の高橋(小坂竜士)と薫(渋谷采郁)は、計画のずさんさを...