「コンペティション」©2021 Mediaproduccion S.L.U, Prom TV S.A.U.

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2023.3.16

映画は舞台裏が面白い 変人監督のむちゃな企て「コンペティション」:いつでもシネマ

藤原帰一・千葉大学特任教授が、新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

藤原帰一

藤原帰一

映画製作の舞台裏を題材とする、思いっきりブラックなコメディーです。この映画づくりの舞台裏、バックステージを描く作品は、映画ジャンルのひとつと呼んでいいくらい、たくさんの傑作が発表されてきた分野です。数ある作品のなかから選ぶとすれば、ビンセント・ミネリ監督の「悪人と美女」、クリフォード・オデッツの戯曲をロバート・アルドリッチが監督した「悪徳」、そして何よりもロバート・アルトマン監督の「ザ・プレイヤー」の3本が筆頭じゃないかと私は思います。

 
 

プロデューサーが憎たらしい3本

この3本、映画は悪役に食われるのが常道だといえばそれまでですが、どの映画をとってもプロデューサーが憎たらしく、憎たらしいくせに映画をさらってしまう。「悪人と美女」のラナ・ターナーはこの人がここまでと言いたいくらい思いがけない名演なんですが、カーク・ダグラスの悪の輝きにはとても及びません。
 
「悪徳」のジャック・パランスは最初から最後まで怒りまくっていますが、ロッド・スタイガーが登場すると、どんなに怒ってもこの男にはかなわないだろうなとわかってしまうほどプロデューサーに迫力がある。そのパランスが「軽蔑」ではプロデューサーを演じたのもご愛嬌(あいきょう)ですね。そして「ザ・プレイヤー」のティム・ロビンス、特にどうってことはない、ただの思い上がった小悪党みたいなプロデューサーなんですが、そのプロデューサーが企てる悪行はキャラクターから想像できる範囲をはるかに超えている。アルトマン作品のなかではそれほど知られていないように思いますが、これ、傑作です。
 
こんなふうに映画って悪い人ばかりが集まる世界なんだなと教えてくれる作品を並べても、そんなの聞いたことない、関係ないなんて思った人もいるでしょう。そういう人は、とっても幸せ。だって、見たことのないいい映画がたくさんあるなんて、ほんとに幸せじゃありませんか。とはいえ、はい、今日の文章は、「コンペティション」の紹介でした。昔話ばかりではいけません。
 

大金持ちが賞を取るために連れてきた変人監督

お話はごくシンプルでして、自分の名前を後代に伝えたいという思いに襲われた大金持ちの老人が、映画を作ることにした。ノーベル文学賞を受賞した原作をもとにして、名だたる大監督と名だたる俳優を集めて、お金に糸目をつけずに映画を作る。すごい人ばっかり集めた映画なら賞も取るだろうし、賞を取ったら自分の名前が後々伝えられる。後世に名前を残す方法として橋をつくるか映画を作るか天秤(てんびん)にかけて、映画を選んだんです。
 
でも、このお金持ちのスアレス、映画のことなんか何も知らないし、原作だって読んでいません。私はこの人が映画製作を振り回すのかな、何も知らないプロデューサーのために映画製作が混乱するというコメディーなのかな、なんて思ったんですが、間違いでした。というのも、次に登場する映画監督がエキセントリックだからです。
 

俳優を追い込む企て

この映画の監督に招かれたローラ、変わった人だから用心した方がいいと会う前に警告されますが、変わってるどころじゃなくて、大スターだけど演技力は乏しいフェリックスと演技力は抜群だけど知名度は低いイバンの2人を起用しようと提案します。なぜかと言えば、この2人がうまくいくはずがないから。主演俳優がぶつかり合うことで映画表現が深まるんだと言い張るんですね。で、リハーサルが始まると、ローラの期待したとおり、フェリックスとイバンがことあるごとに対立を繰りかえします。演技力に自信のあるイバンはスターとして知られるフェリックスのことをばかにしてるんですが、思いの外に役作りをするので張り合うほかにありません。
 
ここまでは、そうか、そういう映画かなんてふうにのんきに見てたんですが、ローラの企てのために映画は一気にエスカレートするので目が離せなくなります。まず、主演の2人をさらに追い込むため、クレーンで巨大な岩を釣り、その岩を2人の頭の上に置いて、その状態で本読みをさせる。次に、フェリックスとイバンの2人をくっつけて、テープで頭から足の先までぐるぐる巻きにしてしまい、劇場の観客席に放置する。嫌いな相手と一緒にされ、口もきけない2人を前に、壇上のローラがものすごいことをするんですが、それはいったい何か、これは映画館でのお楽しみです。
 
なんかすごいですね。講釈を加えるなら、これは虚飾をまとい、自分自身もその虚飾によってだまされた人間から、虚飾を奪い去るお話だと言っていいでしょう。フェリックスもイバンも、ナルシスティックなんですが、精神的には脆(もろ)い。自分がいちばんエラいと思い込んではいるけれど、実は全然自信がないんですね。その2人の男から上辺の装いをはぎ取ったときに何が起こるのか。不条理な映画のリハーサルを強制することによってローラはそんな実験をしてるんです。
 

名優たちの絶妙寸止め演技

監督のガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーンは前作の「笑う故郷」でも思い上がった自意識過剰の作家をアルゼンチンの小さな町に放り出しちゃった人たち。その点だけ取り出すとそっくりですね。虚飾を奪い去るドラマはこの監督の得意技にも見えてきます。
 
監督のたくらみだけだったら悪意いっぱいのいたずらに過ぎませんが、俳優のお芝居と掛け合いのおかげで楽しい映画になりました。フェリックスを演じるアントニオ・バンデラスもイバン役のオスカル・マルティネスも、取り繕った上辺の表情とその下に潜んだ見えっ張りの表情という異なる顔を演じ分け、しかも演技が上手すぎるので同じ人には見えなくなるということがない。寸止めとでも呼ぶべき演技が抜群です。
 
そして何よりも監督のローラ役のペネロペ・クルスがすばらしい。アルモドバル監督の作品によって世界的に知られる名優ですが、この映画ではコメディエンヌとしての才能が全開です。1度ご覧になって名演を堪能した後、もう1回見ると、いろいろな表情を見せているように見えながら、じつはサイレント喜劇のバスター・キートンのように、最初から最後まで無表情に近いほど演技を抑えていることがわかるでしょう。デッドパンから笑いを引き出すわけですね。うまいもんです。
 
というわけでこのバックステージドラマ、むちゃな脚本とよい俳優のおかげで、さらりとお楽しみになることができるでしょう。やっぱり舞台裏の方が本舞台よりも楽しいですね。

ライター
藤原帰一

藤原帰一

ふじわら・きいち 千葉大学特任教授、映画ライター。1956年生まれ。専攻は国際政治。著書に「戦争の条件」(集英社)、「これは映画だ!」(朝日新聞出版)など。「映画を見る合間に政治学を勉強しています」と語るほどの映画通。公開予定の新作や古今の名作の見方を豊富な知識を交えて軟らかく紹介します。

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