「エリック」© 2023 Netflix Inc

「エリック」© 2023 Netflix Inc

2024.6.11

心身ボロボロでも変わらぬ上から目線 カンバーバッチがはまり役「エリック」 人形に振り回される人形遣い:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ヨダセア

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映画「ドクター・ストレンジ」やドラマ「SHERLOCK/シャーロック」などで知られる人気俳優ベネディクト・カンバーバッチが主演したNetflixシリーズ「エリック」(全6話)が、5月30日から配信されている。子ども番組の人形遣いが、幼い息子の突然の失踪によって心身のバランスを崩していく物語だ。
 
マペットを使った子ども番組で活躍してきたビンセントは、才能あふれるクリエーターだが、独善的で高圧的な態度によって周囲の関係者をへきえきさせている。彼は家庭でも息子に対して高圧的に接するため、息子は彼を恐れ、それを見かねる妻との喧嘩も絶えない。そんな折、息子が通学途中に失踪。ビンセントは自身の態度をようやく省み、後悔にさいなまれ、その揚げ句「新たな人形の制作」に没頭していく。息子が描いていたモンスター〝エリック〟を自身のテレビ番組で活躍させれば、息子が帰ると妄信し始めるのだ。


息子探す父親の苦悩と葛藤

本作のカギになるのは、やはり主人公ビンセントを演じたベネディクト・カンバーバッチの演技。彼の存在感、表現力には驚かされるばかりだ。

「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」におけるドクター・ストレンジ役にも通じるが、やはりカンバーバッチには傲慢なキャラクターがよく似合う。無意識な上から目線。独りよがりな言動。揺るぎない自信にあふれるビンセントは、どれだけ敵が増えようと、基本的に自身が正しいという前提を信じて疑わない。
 
そういった〝不器用ながら厚かましいキャラクター〟であるビンセント役はカンバーバッチが持つ高貴で尊大なオーラとの親和性が非常に高く、その「絶望的な状況でも打ちのめされないタフな自信」「自分の反省を示しながらも、どこか他責思考な言動・態度」といった解像度の高い人物描写が極めてリアルに感じられる。カンバーバッチの完璧な演技は、鼻につくはずのビンセントという人物に、観客をいつの間にかのめり込ませるだけの力を持っているのだ。

さらに、今作ではカンバーバッチによる一人芝居のパートも多い。消えたり現れたりするエリックの幻覚に振り回されながら、アルコール依存症などの諸問題により現実と虚構のはざまに揺れ続けるビンセント。彼の状態は心身ともにまったく安定せず、時に強烈な狂気が見え隠れする。苦悩し、いら立ち、幻覚に溺れ、再び苦悩し……そんな暗いループにさいなまれるビンセントはひとりでいるシーンも多いが、ほかの登場人物との化学反応や会話がなくとも、表情ひとつ、目線ひとつで観客をひきつけるカンバーバッチの見事な演技が、彼の複雑な心の旅路を完成させる。


マペットが子を操る親のメタファーに

そんな〝ひとり旅〟の唯一のお供が、幻覚として彼のそばに立つモンスター、エリック。彼はビンセントの孤独な息子が生み出したキャラクターであり、ビンセントが手がける子ども番組の新たなマペットとしてデザインされた存在だ。

冒頭からマペットを用いた子ども向け番組の撮影シーンから始まるこの物語。「セサミストリート」や「マペット・ショー」を彷彿(ほうふつ)とさせるマペットの造形はそれらの有名マペット作品へのオマージュでもあり、劇中でジム・ヘンソン(※)にも言及されている。

※ジム・ヘンソン(1936〜90年):「マペット・ショー」「セサミストリート」などのキャラクターの生みの親であり、人形遣い。「マペット」という言葉もヘンソンによって生み出された造語である(「マリオネット」と「パペット」を組み合わせたものといわれている)。

今作における〝マペット〟という要素は、可愛らしさや独特の世界観で観客の関心をひくためだけのものではない。人形遣いによって操られるマペットが〝子を意のままに操ろうとする親〟への批判を込めたメタファーとしても受け取れるほか、人形遣いであるはずのビンセントが逆にマペットに振り回されてしまうという皮肉な構図も象徴的。マペットは今作のコンセプトに一貫性を持たせる重要な要素として機能しているのだ。


カギ握る人形・エリック

ビンセントの息子がデザインしたマペット、エリックにも注目したい。どことなく「モンスターズ・インク」のサリーを彷彿とさせる風貌の彼は、他のマペットと比較しても大柄で異端な存在である上に、一見恐ろしい外見とは裏腹に小心者でもある。そういった特徴を見ると、強がっているが孤独を抱えた息子自身の心象や、高圧的な恐ろしさと繊細な部分をあわせ持つビンセントのイメージが、エリックに投影されていることがうかがえる。

さらに、幻覚として現れるエリックは、その言動からビンセントの分身としても描かれていることがわかる。当然ながらエリックも、今作を読み解くための重要なキーパーソンといえよう。

孤独な息子が生んだちょっと不気味なモンスター、エリック。彼が導く物語の軸はもちろんビンセントと息子の親子関係だが、ふと他の登場人物にも目を向けると、息子だけでなく、多くのキャラクターから〝愛への渇望〟や〝誰かを失った孤独〟を強く感じる物語となっていることに気づく。


世代超えて影響する〝愛の欠乏〟

そしてそれは、主人公ビンセント自身にもいえること。彼は息子からしてみれば厄介で怖い父だが、物語が進むごとにビンセント自身の父親との関係も明かされていき、我々は〝愛の欠乏〟が想像以上に根深い問題であると気づかされる。

人の価値観・性格の形成は、生育環境や他人からの作用に影響を受けるもの。ビンセントの人格も父親その他の人々に形成され、ビンセントもまた息子その他の人々の人格形成に影響する。そうして継承されていく価値観や埋まらない孤独が、数日間しか描いていないこの物語の背景に無限に広がって見えてくるのだ。

マペットを用いた巧みなコンセプトと、ベネディクト・カンバーバッチによる解像度の高い人物描写によって完成した「エリック」は、全6話で我々が目にする範囲の出来事を超え、その過去・未来の人間ドラマまで想像させるだけの力を持っていた。

ライター
ヨダセア

ヨダセア

フリーライター。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(X・Instagram)やYouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」においても映画や海外ドラマに関する情報・考察・レビューを発信している。

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