「トップガン」 © 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved

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2022.10.02

再見して気付く「トップガン」の魅力 友の死とアップライトピアノ:勝手に2本立て

毎回、勝手に〝2本立て〟形式で映画を並べてご紹介する。共通項といってもさまざまだが、本連載で作品を結びつけるのは〝ディテール〟である。ある映画を見て、無関係な作品の似ている場面を思い出す──そんな意義のないたのしさを大事にしたい。また、未知の併映作への思いがけぬ熱狂、再見がもたらす新鮮な驚きなど、2本立て特有の幸福な体験を呼び起こしたいという思惑もある。同じ上映に参加する気持ちで、ぜひ組み合わせを試していただけたらうれしい。

髙橋佑弥

髙橋佑弥

ある映画の印象が、見直すことでがらりと変わることは珍しくない。わざわざ強調するまでもなく、たとえ同じ映画であろうとも、見るたびに見るほうの状況は心身ともに異なるのだから、印象もまた異なってくるのは至極当然のことではあるのだが、私にとって「トップガン」(1986年)はまさにそんな1本。
 

何から何まで気に入らない

こういった思考が何をきっかけに形成されていくのか、我ながら不思議でならないのだが、映画を好きになり始めたころの幼い私は、見ていないにもかかわらず「トップガン」をバカにしていた気がする。どうせ単純極まりない軽薄な映画なんでしょう、と。そしていざ見てみても、残念ながら先入観は裏切られなかった。トム・クルーズ演じる天才的戦闘機乗りが、恋愛、友情と喪失、切磋琢磨(せっさたくま)を経てクライマックスで大活躍という〝ありきたり〟な内容。「デンジャー・ゾーン」がこれみよがしに計3度も鳴り響くのも、何が起きているのか判然としない(しかしその事実を認めたくもない気持ちもあった)空中戦場面も、どこまでも陽性で人物がヘラヘラしているのも気に入らなかった。あまりに軽すぎる! 監督であるトニー・スコットの名前すら知らなかった頃のことである。
 
しかし、何が起きるかわからないもので、気づけばトニー・スコットは強烈な私的偏愛の対象になっていた。幾度か見直す機会を設けてみても「トップガン」は変わらず不得意なままだったが、彼の作品群を貫くあまりに特異な編集のとりこになってしまったのである。目まぐるしく、視認が追いつかないカッティングは〝端正さ〟からほど遠いはずで、いつもであればそのような慌ただしさには反射的に嫌悪感を覚えるのに、なぜか無性に夢中にさせられてしまうのだ。「なぜか」と書いたように、いまだ理由はわからないままで、しかしだからこそ懲りずに何度も見返すことになっている。批評や研究がなかなか追いつかずにいる映画編集が観客にもたらす作用について気になり始めたのもこうした解決できない疑問がきっかけだったかもしれない。
 

欠点も楽しめた 胸に迫る「火の玉ロック」

今夏、36年を経て公開された続編「トップガン マーヴェリック」(2022年)が期待を上回る好編だった驚きもあり、久々に1作目を見直してみて、まず素直に楽しめたことに驚いた。もちろん作品自体はかつて好きになれなかったのと同じもので、見ずにいた期間のぶん熟成されているはずもなく、じっさい気になる箇所はそのままで、案の定そこまで〝上質〟とはとても思えぬままであるのだが、以前は気になる欠点だった箇所が、バランスを欠いた魅力に映ったりもしたのである。
 
相変わらず、航空映画としては飛行場面が全体的に混沌(こんとん)としていて動体視力を試されているような気持ちになるのだが、アンソニー・エドワーズ演ずる相棒をめぐる一連の場面が不思議と胸に迫る。全編、見ていて赤面するほど陽性であるからこそ、主要人物の身に危険が及ぶはずがないとどこか楽観を強制されるようなところがあり、油断をしていると突如はしごを外される。何度も見ていて、相棒の事故死は把握済みの事態であるにもかかわらず。
 
見直すたび、この出来事を機に、次第に映画は精彩を欠いていくように思えてならないのだが、作品としては間違っているとしても、魅力的人物が失われた影響としてはしかるべき状態にも思えてくる──喪失を体現するかのような失速。そして、回を重ねるたびに、在りし日の相棒が食堂でアップライトピアノを弾き「火の玉ロック」を熱唱する場面が痛切に心を揺さぶるのだ。


 「コンドル」© ブレーントラスト

ホークス監督「コンドル」 郵便に命かけるパイロット

航空映画、非情な事故、アップライトピアノ……という共通項を浮かべてみたとき、ハワード・ホークス監督作「コンドル」(1939年)がすぐさま思い出される。ほかでもないトニー・スコット自身が「トップガン」映像ソフトに収録されている音声解説で言及している名作だ。航空映画の系譜において「トップガン」の遠い先祖といえる作品なので、未見の方はぜひ一度見てみてほしい。
 
本作が描くのは、同じ飛行機乗りでも戦闘機パイロットではなく、空輸従事者たちである。「トップガン」に描かれる空中戦はむろん命がけの危険な任務だが、「コンドル」で描かれるプロフェッショナルたちの業務も危険極まりない点では同じ。郵送を担っているためいつ何時も飛行機を飛ばし続けねばならず、危険な天候であろうとも原則的に誰かが仕事にあたるほかないという意味では、むしろより過酷にさえ見える。愛国心や正義感などではなく、彼らは日々の郵便を届けるために命をかけるのだ。そして、案の定というべきか、無慈悲な事故がいくつか起きることになる。
 
開幕してしばしあと、まず1度目の事故が起き、同僚が死ぬ。しかし、それは業務上の避けがたい危険であって、残念ながらそう珍しくもなく、彼らはいつまでも悲しんでいるわけにはいかない。なにせ、またすぐ誰かが飛行機を飛ばさねばならないのだ。無念さをかみしめて、気丈に振る舞うなか、酒場で弾かれることになるのは本作でもアップライトピアノである。あからさまに悲壮な曲ではなく、陽気にみんなで盛り上がる。こうすることでのみ、なんとか一夜を乗り切れる。
 
こちらは、名作を義務的に見ていくなかで出会った大好きな映画のひとつで、何度見ても飽きることがない。印象が変わる映画もあれば、いつまでも変わらない映画もある。
 
「トップガン」「コンドル」ともにU-NEXTなどで配信中。

コンドル

南米で空輸会社を営むジェフ・カーター(ケーリー・グラント)とパイロットたちは日夜危険と隣り合わせの飛行業務に従事していた。
© ブレーントラスト

ライター
髙橋佑弥

髙橋佑弥

たかはし・ゆうや 1997年生。映画文筆。「SFマガジン」「映画秘宝」(および「別冊映画秘宝」)「キネマ旬報」などに寄稿。ときどき映画本書評も。「ザ・シネマメンバーズ」webサイトにて「映画の思考徘徊」連載中。共著「『百合映画』完全ガイド」(星海社新書)。嫌いなものは逆張り。

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