「ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ」リー・ダニエルズ監督(C)Sebastian Kim

「ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ」リー・ダニエルズ監督(C)Sebastian Kim

2022.2.21

「ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ」リー・ダニエルズ監督 アメリカは混乱している

鈴木隆

鈴木隆

天才ジャズシンガーと政府との戦い描く「今こそ声を上げよう」


ビリーのスピリットが現場に降りてきた

天才ジャズシンガー、ビリー・ホリデイとアメリカ政府の対決を描いた「ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ」が全国公開中だ。公民権運動の黎明(れいめい)期に黒人へのリンチに抗議した名曲「奇妙な果実」を歌うビリーと、歌うのをやめさせたい連邦政府の確執を映画化。公然と反抗したビリーの強い意志や、差別と分断が進むアメリカ社会について製作・監督を務めたリー・ダニエルズ監督にオンラインで聞いた。


 
「とにかく正確を期すること。真実を伝えなければいけない。それが最も重要なポイントだった」。ダニエルズ監督は史実を軸に据え作品をたぐり寄せていった。現場も同様だった。「ビリーの精神というか、スピリットが降りてきていた。それがそのまま作品になった。ビリーをたたえようという思いで作品作りが進んだ」
 
連邦麻薬取締局長官は「奇妙な果実」が人種差別撤廃を求める公民権運動をあおると危険視して、麻薬使用のおとり捜査でビリーを現行犯逮捕。出所したビリーはカーネギーホールでコンサートを開き熱狂的に迎えられるが、さらなるわながビリーを襲う。政府は黒人をリンチする歌を歌っていたビリーの弾圧に血眼になる。
 


マイノリティー差別への不安がきっかけに

2020年5月にミネソタ州ミネアポリス近郊でアフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイドが警官の暴力的拘束で殺害された事件をきっかけに、黒人差別の問題が全米各地で再びクローズアップされた。映画はこの事件の前に作られているが「アメリカで起きていることは全ての面で関わりがある。編集中に見たビリーが『奇妙な果実』を歌っている動画に震えるものを感じた。それほど、現在に通じると改めて痛感した」という。ダニエルズ監督はこの作品を作る前から「黒人差別が大きな問題になる」という空気や匂いを感じていた。「トランプが大統領に就任したら、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人やアジア人などマイノリティーが危険にさらされるのではないか、という感覚がどこかにあった。自分の国に対するこうした不安が、この映画を作るきっかけにもなった」
 
公民権運動が盛んになる1950年代後半以前に、ビリーが政府の圧力に抵抗した強い意志の根源には何があったのか。ダニエルズ監督は「バスに現代のように乗れなかったり、水を分け合うことができなかったりした時代を想像することはできない」としながらも、ビリー個人については「強さの一部は、ストリート育ちだから。タフな環境でものを言い、怒りを持った人物になったことが源流にある」と話した。さらに続ける。ビリーは少女時代に近所の男にレイプされ、施設にも送られる。「悲惨な経験のなかで、国に対して立ち上がる強さを持つようになったのだろう」と説明する。
 


「奇妙な果実」で現実伝えた「ビリーはヒーロー」

その上で、政府に立ち向かったビリーは「ヒーローだ。キング牧師やマルコムXよりも前に、アメリカ公民権運動の先駆けとなった」と語る。「生々しく、力強い歌詞で、これが現実だと知らせた」
 
「南部の木には……奇妙な果実がなる」で始まる歌「奇妙な果実」についてダニエルズ監督は、最初に聞いたのは子供のころだが、歌詞を理解することはできなかったという。(ビリーを演じた)アンドラ・デイがこの映画のためにレコーディングしている時でさえ本当に理解していたかといえば、そうではない。「いくつものリンチの風景、例えば亡きがらにすがる妻や夫の姿を見た時に、本当の意味でこの曲を理解できたのだと思う。痛切であり、ダークで醜い、でも美しい曲だ」と言い切った。
 
本作で第78回ゴールデングローブ賞主演女優賞に輝いたアンドラ・デイに対しても感謝の言葉を繰り返した。「アンドラが僕を信用してくれた。今までも演者との関係で、未知なるところ、崖から飛び降りてくれるような役者は最高と思ってきたが、まさに彼女がそうだった。ラブシーンでもドラッグのシーンでも、文字通りキャラクターの魂をさらけ出してくれた。彼女が信じてくれたからこそこの映画は成立した」と絶賛した。
 
最後に、現代のアメリカと作品との関連について語った。「この題材にひかれたのは、私たちが今、危機に直面しているからだ。アメリカが混乱しているのは明らかで、隠すことはできない。私たちは分断され、一つではない。それは醜いことだ。この映画は、私たちの今の時代をも物語っている。今こそ、声を上げようと呼びかけるのだ」

場面写真は(C) 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。