「ドラゴン・タトゥーの女」© 2011 Columbia Pictures Industries, Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

「ドラゴン・タトゥーの女」© 2011 Columbia Pictures Industries, Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

2022.8.21

ルーニー・マーラの冷蔵庫に買い置きされたコーラ缶 「ドラゴン・タトゥーの女」:勝手に2本立て

毎回、勝手に〝2本立て〟形式で映画を並べてご紹介する。共通項といってもさまざまだが、本連載で作品を結びつけるのは〝ディテール〟である。ある映画を見て、無関係な作品の似ている場面を思い出す──そんな意義のないたのしさを大事にしたい。また、未知の併映作への思いがけぬ熱狂、再見がもたらす新鮮な驚きなど、2本立て特有の幸福な体験を呼び起こしたいという思惑もある。同じ上映に参加する気持ちで、ぜひ組み合わせを試していただけたらうれしい。

髙橋佑弥

髙橋佑弥

未解決事件にとらわれた刑事が登場する映画について扱った先回の末尾で、ふと思い出したデビッド・フィンチャー監督作「ドラゴン・タトゥーの女」(2012年)の「どんな警官も未解決事件を抱えている」というセリフを引いたので、今回はこの映画から始めたい。
 

ゴス化粧ハッカーとアナログ記者 異色バディーもの

前述のセリフを述べるのは引退した老齢の元刑事で、彼もまた現役時代に担当し未解決に終わった少女失踪事件にとらわれている。当時の捜査状況を資料ひとつ見ずにそらんじて、きわめて円滑に語ってみせるその姿は、決して長くはない登場場面でありながら、忘れがたい印象を残すだろう。
 
そして、この語り手の向かい側で話を聞くのが、ほかでもない本作の主人公である──ダニエル・クレイグ演ずる──ジャーナリストのミカエルで、彼は自らが発行責任者を務める雑誌に発表した不正報道記事の不備で有罪判決を受けて雑誌からも退くこととなり、もはやあとがない状況で声をかけられたのが、この少女失踪事件の再調査なのだった。依頼主は失踪少女=ハリエットの祖父ヘンリック・バンゲル。彼もまた、若かりし日に起きたこの事件に取りつかれており、孫娘はきっと殺されたのであり、犯人は一族の誰かだと固く信じていた。
 
かくして、キャリアのついえたジャーナリストによる未解決事件調査が始まるのだが、本作に単なる調査映画を超えた味わいを付加しているのが、相棒となる若い女性──演ずるのはルーニー・マーラ──リスベット・サランデルの存在だろう。もともと彼女は、バンゲルがミカエルに依頼をするにあたり適性を判断するため身辺調査を頼んでいたすご腕のハッカーで、依頼後もミカエルと行動をともにすることになる。
 
全身黒衣、ピアスにタトゥーにゴス化粧、決してこびることのない吐き捨てるようなドライで簡潔な応答の有無を言わせぬ迫力。さっそうとバイクで登場し、ヘルメットを脱ぐとトサカ状に立てられた髪がわれわれの虚を突く──登場場面がすばらしい。一流のハッキング技術の持ち主だけあって、いうまでもなくデジタル機材全般の扱いはお手のもの。あらゆる資料をスキャンしてPC内で分類管理し、調査効率を格段に向上させるのだが、ここに一貫してアナログ派──壁に資料を張り付箋で都度追記して、それを眺めて物事を考える──な中年男性ミカエルとの差、〝バディーもの〟としての妙味があるといっていい。


 

買い置きしてがぶ飲みするはぐれ者

そんな本作を久々に見直して気に入ったのは、展開と密接には絡まない枝葉のひとこま。序盤、リスベットが自宅で独り調査をしている場面で、冷蔵庫を開けるとそこには買い置きコーラ缶の山。どうやら彼女は、頻繁なコーラがぶ飲みで糖分摂取しているらしいことがわかるのだが、ほかにほとんど食料が見て取れない庫内は、希薄な生活感の表現、ひいては彼女が社会のはぐれ者であるというほのめかしでもあるかもしれない。
 
とはいえ、私がこの場面を気に入ったのは演出意図うんぬんによるものではなく、単に飲料全般に目がないというだけの理由である。食べることには無関心であるのに、飲むことには執拗(しつよう)にこだわり、1食抜いてでも倹約する意向がありながら、すぐに飲み物を買っては鯨飲してしまうのである。並んだコーラ缶はひたすら魅力的だ。


「ザ・ウェイバック」© 2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved

ベン・アフレックが急速冷却しながら飲む缶ビール「ザ・ウェイバック」

そんなことを考えていたら、飲料ストックが印象的な映画をもうひとつ思い出した。ギャビン・オコナー監督作、ベン・アフレック主演の「ザ・ウェイバック」(20年)がそれだ。アフレック演じる主人公ジャックは、高校時代に将来を嘱望されたバスケ選手だったが、中年を迎えたいまは酒浸りの男。そんな彼に母校から突然「バスケ部コーチをやってもらえないか」と声がかかることで物語が動きだす。
 
しかし、物語は一旦脇に置こう。注目したいのは、物語序盤に描かれる主人公の酒浸り生活の描写である。
 
冷蔵庫を開けると、そこにはビール缶が20本以上。1本取り出すと、そのまま冷凍庫に移動させ、すでに冷凍状態にあったビール缶のほうを入れ替えるように取り出して、飲む。これを酔い潰れるまで繰り返す。
 
むろん缶飲料を冷凍庫に入れる行為は破裂の危険を伴い褒められたものではないが、いちいち一度冷凍庫に入れるという描写が、ユニークな飲酒ペースの表現──要は、破裂危機を待つまでもなく次の1本を飲むのだから大丈夫ということ──になっているのである。それにしても、キンキンに急速冷却されたビールはほんとうにおいしそうだ。なかば拷問的猛暑である今夏にあっては、見るものの飲酒欲求をより一層かきたてることだろう。
 
この2本は、単に飲料描写の相似から連想されたものではあるが、どちらも過去にトラウマを抱えた者の社会復帰──と書くといささか大げさで違和感があるが──を描いている点で共通している。また、終盤の「これは、そろそろ終わりだな」という予感が裏切られ、その後もう30分ほど物語が続く構成も同じ。キリの良い終劇機会を見送って、〝その後〟を見せる。描かれるのは必ずしも心地の良い展開ではない。しかし、それぞれのキャラクターの帰結としてはきわめて誠実なものであり、そこに痛切で苦い感動がある。

「ザ・ウェイバック」はU-NEXTで配信中。


「ドラゴン・タトゥーの女」はデジタル配信中。また、Blu-ray(2619円)、DVD(1551円)がソニー・ピクチャーズ エンタテインメントから発売中。
 

ライター
髙橋佑弥

髙橋佑弥

たかはし・ゆうや 1997年生。映画文筆。「SFマガジン」「映画秘宝」(および「別冊映画秘宝」)「キネマ旬報」などに寄稿。ときどき映画本書評も。「ザ・シネマメンバーズ」webサイトにて「映画の思考徘徊」連載中。共著「『百合映画』完全ガイド」(星海社新書)。嫌いなものは逆張り。