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2025.1.20
「映像の鬼才」デビッド・リンチ監督を悼む 鮮烈な映像美に酔った「ツイン・ピークス」と「ブルーベルベット」
カルトの帝王と称されたアメリカの映画監督、デビッド・リンチが亡くなった。全米で大ヒットを記録し、日本でも社会現象と化したテレビドラマシリーズ「ツイン・ピークス」で一躍名をはせてから、もう30年以上がたつとは……。まさに光陰矢のごとしである。
「世界で一番美しい死体」に心騒いだ「ツイン・ピークス」
平凡な田舎町ツイン・ピークスで人気者だった女子高生ローラの死体が発見され、捜査の進行とともに町に渦巻く闇が暴かれていく群像ドラマ「ツイン・ピークス」は、殺人事件の謎を中心に据えつつも、同時進行するさまざまな物語が意味深で面白く、夢中になって見たものだ。
架空の田舎町を舞台に、メロドラマ、社会問題、コメディー、古典の引用、果ては超常現象までと、多岐にわたる要素を盛り込んで展開する不穏な物語世界は見る者を翻弄(ほんろう)し、とりこにした。現世を超越した異世界の描写は実に奇抜かつ強烈で、特に圧巻だったのは、過去・現在・未来が混然一体化した〝 赤い部屋〟。そのシュールな映像は、いまだ脳裏に焼きついている。
登場人物もクセ者ぞろいで、カイル・マクラクランふんするFBI特別捜査官クーパーをはじめ、どこか怪しげな人ばかり。デビッド・リンチ自身、クーパーのうさん臭い上司役で顔を出しているが、私の一番のお気に入りキャラは〝 丸太おばさん〟。脇役というか限りなく端役に近いのだが、妙に気になる人物だった。
また、「ツイン・ピークス」のビビッドでデカダンスな映像を彩ったアンジェロ・バダラメンティのミステリアスなテーマ曲も世界的にヒットし、日本発のロケ地巡りツアーも大盛況。私も一時は本気でツアーの申し込みを考えたほどである。
リンチ監督を初認識した「ブルーベルベット」
東京が空前のミニシアターブームに沸いていた1980年代後半。映画業界に足をつっこむ前の私が「ブルーベルベット」を見たのは、今はなき渋谷の映画館シネマライズだった。当時、ミニシアターブームをけん引していたシネマライズは、ここで上映するだけで話題になるオシャレな若者文化のとんがった発信地として知られていた。
平凡な大学生(カイル・マクラクラン)が、切断された人間の片耳を発見したことをきっかけに、日常の裏側にある不条理な世界へといざなわれていく。暴力と倒錯したエロチシズムを、鮮烈な映像で描き出したサスペンスだ。
主演はデビッド・リンチ監督の「デューン 砂の惑星」で主役に抜てきされて以降、リンチ組の常連俳優となったカイル・マクラクラン。「ブルーベルベット」は彼の出世作となり、やがて「ツイン・ピークス」で大ブレークを果たすのだが、両作品とも彼の浮世離れしたたたずまいがうまく生かされており、その何ともいえない存在感で観客を引きつけていく。
のどかな田舎町に潜む欲望と暴力が渦巻く不気味な暗部(不法侵入やのぞき見、性的虐待etc.)を特異な映像美で描き切った怪作に、いち映画ファンとして臨んだ私は衝撃を受け、圧倒されてしまった。
興行的に成功を収めながらも、その倒錯的行為の描写が物議を醸した本作で、初めてデビッド・リンチ監督の名前とカイル・マクラクランを認識し、その奇妙な映像世界にドハマりした私にとって「ブルーベルベット」は、リンチ映画を今後も追っかけようと心に決めるきっかけとなった思い出深い映画であり、意表をつくイザベラ・ロッセリーニの汚れ役や、デニス・ホッパーの怪演も忘れがたい。
カンヌを制した「ワイルド・アット・ハート」
90年、お得意のSEXとバイオレンス描写を満載して男女の逃避行を描いたロードムービー「ワイルド・アット・ハート」でカンヌ国際映画祭のコンペに初参戦したデビッド・リンチ監督は最高賞のパルム・ドールを受賞した。
ニコラス・ケイジが着た蛇革のジャケットが目を引く破天荒な本作で評価を高め、〝 巨匠 〟と呼ばれるようになったデビッド・リンチだが、その後に発表した「ロスト・ハイウェイ」「マルホランド・ドライブ」「インランド・エンパイア」においても幻惑的なリンチ節は健在で、異端の映像作家の面目躍如たる活躍ぶりであった。
姿を最後に拝んだのは「フェイブルマンズ」
また、現代アートの作家としても知られたデビッド・リンチは、何度も日本で展覧会を開催している。私もその度に会場に足を運び、来日記者会見にも駆けつけたものだが、近年は彼の名前を聞くことも少なくなっていた。
デビッド・リンチの姿を最後に拝んだのは、2023年に見たスティーブン・スピルバーグ監督の自伝的な作品「フェイブルマンズ」だ。リンチは主人公に映画製作のアドバイスをするジョン・フォード監督役で、実に印象的なカメオ出演であった。
この度の逝去の報に接し、ここに謹んで哀悼の意を表したいと思います。