「ボストン・キラー 消えた絞殺魔」の一場面 © 2023 20th Century Studios.

「ボストン・キラー 消えた絞殺魔」の一場面 © 2023 20th Century Studios.

2023.4.03

キーラ・ナイトレイが連続殺人事件を追う新聞記者を演じるクライム・サスペンス「ボストン・キラー 消えた絞殺魔」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

「ボストン・キラー 消えた絞殺魔」は、アメリカで発生した連続殺人事件「ボストン絞殺魔事件」を題材にしたクライム・サスペンス。この事件はこれまでにも「絞殺魔」(1968)や「殺しの接吻」(68)の題材となり、2012年にはケイシー・アフレックの主演・製作による企画が報じられたこともある。
 


ボストンで実際に起こった連続殺人事件を報じた女性記者の奮闘ぶりを描く

 まずは事件の概要から。62年から64年にかけて、マサチューセッツ州ボストンで、上は75歳から下は19歳まで13人の女性が殺害された。65年にアルバート・デサルボが犯人と断定され、本人が自白したが、刑務所内でデサルボが何者かに殺害されてしまう。事件はそこで幕引きを迎えたが、その後、冤罪(えんざい)説、模倣犯説、複数犯説などが唱えられているこの事件は、真相も真犯人もわかっていない。この余白が、映画製作者たちの創作意欲を刺激するのだろう。
 
キーラ・ナイトレイ主演で製作された本作は、未解決の事件の全容や新事実に迫るものではない。シリアルキラーVS捜査官の構図とも違う。焦点が当てられたのはいち早く事件を報じた、実在する2人の女性記者の奮闘ぶりだ。
 

取材と執筆を進める中でぶつかる、男性たちが作った社会の体質と圧力

 ナイトレイが演じたのはロレッタ・マクラフリン。ボストンの新聞社レコード・アメリカン(現在のボストン・ヘラルド)の記者で、3人の子供を育てながら働く多忙なキャリアウーマンだ。主婦をターゲットにした生活関連の記事を押し付けられる女性記者の状況に、ロレッタは不満を抱えていた。事件記者を希望するが、上司のジャック(クリス・クーパー)の反応はにべもない。夫の妹をはじめ、母親が働くことに対する世間の視線も冷ややかだ。
 
現状を打破したいとアンテナを立てていたからか、ロレッタは2週間で3人の女性が絞殺された事件に〝何か〟を感じ、関連性を調べ始める。つの遺体の首には「贈り物のような結び方」でストッキングが巻かれており、ロレッタはこれを切り口に記事を執筆する。自分も被害者になりうる女性視点の恐怖や怒り、警告をはらんだロレッタの記事は大きな反響を呼び、ロレッタは取材にのめり込んでいく。
 
ロレッタは先輩記者のジーン・コール(キャリー・クーン)とコンビを組んで取材をすることになる。このバディーには、大物映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインの性犯罪を取材する2人の女性記者を描いた「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」に通じるものがある。
 
どちらも加害者は男性で、被害者は女性たち。数々の妨害に心が折れそうになっても、バディーの存在を心の支えに取材を続けていく。「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」では、2人は権力者の犯罪に加担する映画業界の隠蔽(いんぺい)体質にたどり着く。本作でも、取材を進めていく2人がぶつかるのは、男たちがつくった社会の体質とその圧力だ。
 
最初の記事が出た直後、ボストン警察の本部長がジャックのもとへ怒鳴り込むシーンがある。本部長はロレッタについて「記者だと名乗らず」に「バーで男をたぶらかし」、酒場の「与太話」を記事にしたと罵倒する。
 
ロレッタは、事件を担当した巡査がいるバーに出向き、職業と名前を名乗り、ストッキングの結び方を質問したとジャックに説明する。め事を避けたいジャックは、ロレッタに事件から手を引くように指示するが、次の被害者が出てしまい、記事のバリュー的に取材を続行させることになる。
 
新聞社は売り上げアップのために、女性記者コンビというユニークさを押し出す方針を定め、2人の顔写真を面に掲載する。そのことで後に、どんな危険が2人に及ぶことになるかを想像もせずに。
 
当初は共働きの妻に対し「僕は寛容でね」と余裕のほほ笑みを見せていた夫も、自分の昇進と転勤が決まると、家族と仕事の2択をロレッタに迫る。
 

ラストシーンのウイスキーに込められた願いとは

 ボストン警察は、大規模な公開捜査をしているにもかかわらず、情報を管轄同士で共有しないため、せっかくの手がかりを無駄にしていた。連携しない理由は、無能だからなのか、それとも縄張り意識によるものなのか。いずれにせよ、ボストン警察がまともに捜査をしていれば、被害者の数がもっと少なくなっていたことは間違いない。ロレッタとジーンは「警察は女性を守らない」と批判記事を書こうとしたが、上層部は頑としてそれを許さなかった。
 
被害者について調べると、特に若い女性たちは、男性からなんらかの苦しみを与えられていることが浮き彫りになる。最終的にこの映画は、この事件の複数犯説に基づいた警鐘を鳴らす。女を殺したい男は「1人」ではなく「大勢」いるということを。
 
女性をターゲットにするシリアルキラーに、男性が女性を抑圧する社会の構図を重ねている本作。劇中で被害者の母親が、自分の娘にも、ロレッタのように好きな仕事をして、自分らしく生きてほしかったと嘆く。その願いを、後述するラストシーンが継承する。
 
最後の記事を書き終えたロレッタは、自宅を素通りしてなじみのバーへ立ち寄り、カウンターのジーンの隣に座る。バーテンダーが(おそらくいつもの)グラスウイスキーをスッと出し、ロレッタとジーンはお互いをねぎらうように、しかし強いまなざしでグラスを掲げる。それまでロレッタにとってのウイスキーは、上司のジャックからグラスで渡されるものだった。この一杯のウイスキーには、ロレッタの家庭からの解放と自立、すべての女性に自分らしく生きてほしいという願いが示唆されている。
 
「ボストン・キラー:消えた絞殺魔」はディズニープラスのスターで独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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