©「ジャズ喫茶ベイシー」フィルムパートナーズ

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2022.9.21

〝らしさ〟と刺激を体感せよ! 映画「ジャズ喫茶ベイシー」のクリエーティブスピリット

国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。

洪相鉉

洪相鉉

「本当ですか!?」
麻布十番の「酒肆ガランス」のオーナーであり映画監督でもある星野哲也から予想外の朗報を聞いて思わず声が高まってしまった。
ただし、急ぐ必要はない。デビュー作の「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」を筆者がアドバイザーを務めている全州(チョンジュ)国際映画祭に正式出品した彼は、「朗報」の前に通常のタイムラインに沿って迫ってくるDVDの製作に対する構想を語ってくれた。それが驚くべきことに社会距離拡大戦略、つまりソーシャルディスタンシングと配信業者の氾濫の時代、日本映画の生きる道とつながっていたので、まずそこから話そう。
このために引き出す話頭は「ショー」を意味するラテン語の「spectaculum」が起源であるスペクタクルである。自然景観や建築物以外にメディアが伝えてくれる表象、さらにメディアそのものまで包括する意味のこの単語は、人によってそれぞれ異なった位相を持つ。本稿で例に挙げたいのは、ワルターㆍベンヤミンが「19世紀の首都」と呼んだパリのスペクタクルを研究した映画史家、バネッサ・R・シュヴァルツカリフォルニア大学教授の著作「スペクタクル的現実: 世紀末パリの初期の大衆文化(Spectacular Realities: Early Mass Culture in Fin-de-siècle Paris)」(南カリフォルニア大学出版部、1999年8月出版、日本語版なし)の論旨だ。
シュバルツにとって19世紀のパリはそれ自体が展覧会場であり、「散歩者」のスペクタクルだった。彼女は都市生活自体がスペクタクルに転換される状況が大衆文化の出発であったことを指摘し、具体的事例として街の文化(boulevard culture)、大衆新聞、モルグ(morgue=遺体安置所)、蠟(ろう)人形陳列館(wax museum)、パノラマ(panorama)とジオラマ(diorama)、そして映画(映画館)を取り上げた。この中で特に映画(映画館)は事実を伝達する面では大衆メディア、蠟人形陳列館、ジオラマなどの伝統を継承しているが、「動き」を実現させたという点で他のスペクタクルと比較にならなかった。しかし、2020年の春。この偉大な人類文化の財産のスペクタクルは、新型コロナウイルス感染症という未曽有の事態で危機を迎える。
それでも「不幸中の幸い」というか、ちょうど全州国際映画祭に選任されて2年目の年、依然としてなかなか終わる気配がない災難のトンネルで苦しんでいた筆者は、映画館を覆いつくす蒸気機関車の音とともに22秒の黒い画面の後に始まる 「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」との出合いを通じて救われた。音楽のジャンルとしては地球的普遍性を有するが、それを享受する文化の形態としては「ジャパンオンリーというユニークさを持つジャズ喫茶が舞台の同作は、まるで自分が戦死したといううわさが出回った渦中にテーベに向かって突進したアレクサンドロス3世のようだった。
 

コロナ禍に開かれる、ジャズ喫茶「ベイシー」の扉

 
その作品のDVDの製作に向けて星野監督は過度なデジタル技術を使わないと決意したという。そういえば我々がジャズコンサートを楽しめるのは、ミュージシャンのせき払いまで完璧に伝える音響技術よりも、全身の感覚を緊張させ舞台に向かわせる我々の集中力のおかげだった。デジタル技術万能の時代に、後ろを通る自転車などの音響まで再現する科学の利器を拒否し、ライブやLPのアナログの音響に集中、人間の頭脳が機能するカクテルパーティー効果を映画的表現のオプションとして含ませる前提で、最大限のアナログの感じを生かそうとしている意志、 いわば「まず劇場で見なければすべての要素を楽しめない『臨場感の映画』を目指す」ということ。社会距離拡大戦略のために観覧客の数を減らし、全外国人ゲストの招請も取り消して開催された第22回全州国際映画祭(2021年)で、関係者ではなく観客の気分になり、他の人にリモートのQ&Aの司会を任せ、「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」の上映会の客席に座っていた筆者の試みが無駄ではなかったことを実感した。
ジャズ喫茶とミニシアターというコンパクトな鑑賞のスペクタクルの世界に観客を目覚めさせる、シネフィルの希望。感動しない人がいるのだろうか。同作が最優秀アジア映画賞を受賞したのは必然だったのだ。
それでは、この辺でまた冒頭の「うれしい悲鳴」の理由に戻ってみる。星野監督からDVDの発売スケジュールの話とともに、同作のタイトルロールのジャズ喫茶ベイシーが2年間の沈黙を破って営業を再開するというニュースを聞いた。
都合上、大々的な広報等は無理であることが明らかなこの小さな事件は、逆説的に今の時代、人類の日常復帰の希望に対する巨大な宣言になるかもしれない。いや、それに間違いないと信じたい。2022年9月18日、筆者の心は偉大な作品に迷惑かもしれないこの雑文を書いているソウルを抜け出して、一関市(岩手県)のバスターミナル付近をうろついているはず。

※なお、2022年9月現在、本作のDVD発売時期の詳細は決まっていません。

ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)

岩手県一関市、世界中から客が集うジャズ喫茶「ベイシー」。マスター・菅原正二が50年にわたってこだわり抜いた唯一無二の音と“ジャズな生き様”を炙り出すドキュメンタリー。
菅原のインタビューを中心に、渡辺貞夫、坂田明、村上“ポンタ”秀一、ペーター・ブロッツマンなど世界的なミュージシャンによる「ベイシー」での生演奏や、阿部薫、エルヴィン・ジョーンズの貴重な生前のライブ映像、さらに各界著名人らのインタビューで綴られた本作。ジャズファンはもちろん、ジャズを知らずとも、菅原自身の魅力を通して、ジャズ・オーディオの世界に引き込んでいく。

ライター
洪相鉉

洪相鉉

ほん・さんひょん 韓国映画専門ウェブメディア「CoAR」運営委員。全州国際映画祭ㆍ富川国際ファンタスティック映画祭アドバイザー、高崎映画祭シニアプロデューサー。TBS主催DigCon6 Asia審査員。政治学と映像芸術学の修士学位を持ち、東京大留学。パリ経済学校と共同プロジェクトを行った清水研究室所属。「CoAR」で連載中の日本映画人インタビューは韓国トップクラスの人気を誇る。

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