「皮膚を売った男」

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2021.11.11

この1本:「皮膚を売った男」 展示された難民の熱情

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

第34回東京国際映画祭が8日閉幕した。本作は、昨年の「TOKYOプレミア2020」出品作品。映画祭での上映が評判を呼び、公開が決まったという。こうした形は映画祭の役割の一つであり、観客にとっても望ましい限り。映画祭から一般公開への流れは「東京」でも、近年広がりつつあり、歓迎したい。

シリアに暮らすサムは、恋人アビールへのプロポーズの言葉が国家反逆罪とみなされ投獄される。アビールは親が決めた外交官ジアッドと結婚。シリア難民となったサムは、偶然出会った芸術家ジェフリーから、大金や自由と引き換えに、背中にタトゥーを施し、生けるアート作品となることを持ちかけられる。

現代アートの自由さとシリア難民の苦境をさりげなく対比。金満主義や冷徹な記号にも見えるアート、故郷を追われ生き延びる人たちの現実を背景に据えた。現代美術の限界や解決の糸口が見えないシリア難民の問題は、風刺やブラックユーモアの利いた皮肉を交えて考察し分かりづらさはない。ただ、物語の中核はアビールに会いたい一心でアートになったサムの熱情だ。

携帯電話を始終握りっぱなしのサムの映像からは、愛を求め家族を思い孤独を振り切って生き延びようとする思いも伝わってくる。厳しい現実の中で自身を見つめ成長していくにつれ、ラブストーリーの色彩が次第に色濃くなっていく。オークションの出品作となった終盤には、イヤホンを爆弾のスイッチに見立て、ブルジョアや人身売買もいとわない現代社会を蹴散らすかのように大声をあげて威嚇してみせる。背中の入れ墨と愛、シリア難民、現代アートと異種のパズルを組み合わせ、したたかで時代性のある作品に仕上げたチュニジア出身のカウテール・ベン・ハニア監督。次作への期待が膨らむ女性監督の登場である。1時間44分。東京・Bunkamuraル・シネマ、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(鈴)

ここに注目

映画祭での評判や特異な内容から、かなり過激な作家性を持つ社会派映画と思い込んでいたが、いざフタを開けてみるとその予想はいい意味で裏切られた。難民をめぐる西側先進国の偏見と搾取、アート界の欺瞞(ぎまん)といったテーマはシリアスだが、それらを扱うハニア監督の語り口は遊び心たっぷり。痛烈な風刺ドラマにユーモア、メロドラマを自在に織り交ぜ、主人公の数奇な運命を見せていく。主人公が展示される美術館の空間描写、鏡を多用したショットなど視覚的な面白さも尽きない。ラスト直前のあっと驚くひねりにも脱帽である。(諭)

技あり

万事スキがない。クリストファー・アウン撮影監督は1989年生まれ、米バラエティー誌の「期待の撮影監督」に名を連ねる。ハニア監督が完璧主義者と評し「朝から晩まで、全てのシーンの構成、トーン、色合いについて話し合った」。なるほど光の使い方が一筋縄ではいかない。例えばサムの展示室の光の配置。強烈な光源やミラーが作ったビームの反射を繰り返し、光線に閉じ込められた「ビザ」という感じで独創的だ。伏線を張った母親の戦争被害の描き方、色の構成や鏡とレンズのぼけを利かせた場面など、個性的で優れた仕事だ。(渡)

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