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2024.12.07
坂口健太郎の生演奏&生田斗真の心音を採取 「さよならのつづき」録音スタッフが明かす製作秘話
Netflixで配信中の「さよならのつづき」という作品で現場録音を担当している根本飛鳥と申します。今回は撮影から編集までの音づくりの小話を皆様にご紹介できる機会をいただきましたので、筆を走らせています。北海道からニュージーランドまで、約7カ月間の壮大なロケを敢行して作り上げた非常にファンタジックなラブストーリーの音響の裏側に、一体どんな作り手の思いがあったのか。鑑賞後にお読みいただけると、また一段と作品の見え方、音の聞こえ方が変わる内容になっていると思います。お楽しみいただければ幸いです。
「ガンマイクで」の注文に応えるべく
「僕はガンマイクの音が好きです、今回はガンマイクで音を録(と)っていただきたいです」。これは監督の黒崎博さんと初めてお会いした日に言われた言葉でした。複数台のカメラを使用しさまざまな画角を同時に撮影したり、クレーンなどの特機を常用したりする昨今の撮影状況だけを加味すると「ガンマイクだけで音を録る」というのは非常に難しいのが現状なのですが、とにかく「ガンマイクで収録したような空間性を損なわないナチュラルな音で役者さんのお芝居を収めたい」ということなのだと私は考え脚本と向き合い、機材を選定し撮影に臨みました。
私はいつも作品の音を収録するときは自分の好みよりも監督やプロデューサー、そして作品全体のトーンに合った機材の選定をします。今回は監督からいただいた「ガンマイクで音を録りたい」というメッセージから普段使うものよりも撮影空間の雰囲気(反響やアンビエンス)を自然に収録できることができるガンマイク(SCHOEPS CMC641)をメインに選択し、サブとして環境に応じてSENNHEISER MKH-416、SCHOEPSのフワッとした音像を補完できるキリッとした描写力の高いワイヤレスマイク(WISYCOM MTP60/DPA6060)を組み合わせることでナチュラルで聞きやすくも、明瞭性や説得力を損なわない現場での音声収録を目指しました。
「さよならのつづき」
走行中のキハ40 エンジン音の中でも
今作に限った話ではないですが、撮影行為といえば大抵は「大事なシーンほど音の環境は悪い」が一般的です。フォトジェニックな景色を狙って高所に上れば風が強いし、ドラマチックな映像演出を狙う場合は大抵、天候の演出(風を吹かせたり、雨を降らせたり)が発生、巨大な送風機や散水車が稼働する中での撮影となりますし、狭い室内や車内でカメラポジションが引けば窓が開き、外の音が流れ込んでくるからです。
「さよならのつづき」では大きなロケーションとして電車内やホームでの撮影が多くありましたが、特に今回お借りしたキハ40という車両は現在は使われていないとても貴重な車体で、駆動系統がディーゼルのエンジンで、現行の車両に比べて停止時、走行時共にエンジン音が非常に大きいという問題があり、また停車時も小まめにエンジンの入り切りができないという、音声を収録する人間からすると非常な強敵でした。もともと準備の早い段階では電車内の撮影はセットを組んで撮影する可能性もあり、「セットならセリフの質はキープできるだろう」と思っていましたが、やはり実際に走行している車内で撮影をした方がお芝居もしやすいだろうということに。
北海道にロケハンに行った時に初めてキハ40に乗車した時は、予想より大きなエンジン音に頭を抱えました。もちろん、そこから革新的な対応策が出るわけでもないので撮影中は車内の空調を切ることぐらいしかできないですし、与えられた撮影区間の中でノルマの撮影分量をこなしていかなければいけないタイトな撮影スケジュールだったので、「オンリー」と呼ばれる撮影直後にその場で環境を整えて声だけを収録させてもらう行為なども一切行っていません。
リレコーディングミキサー、浜田洋輔の技
そのような状況の中でも自分が自信を持って収録ができる理由の一つとして、長年僕の作品の音声仕上げを担当してくれているリレコーディングミキサーの浜田洋輔の存在があります。リレコーディングミキサーという名前は一般的にはまだ聞き覚えのない言葉かもしれません。僕の過去に書いた記事などをお読みいただいている方は何度か紹介しているのでご存じかもしれませんが、簡単に言えば撮影終了後に僕の収録した音のノイズを抜いたり、周波数の調整をして聞きやすくした上で映像と合わせて適正なボリュームを決めて作品の音を作っていったりする、撮影後の音の最高責任者です。
おすしを作る過程で考えるともっとわかりやすいかもしれません。魚を釣って、鮮度を保ったままお店に運び、さばいてシャリと合わせてお客様に提供する。僕は最高にでかい魚を釣り、プリプリのまま浜田に持っていき、浜田はさばいてシャリ(効果音や音楽)と合わせて握ってくれるということです。ここの関係性を確立しているので、準備段階から現場状況や撮影中も収録したデータをチェックしてもらいつつ、品質の共有、現場環境などに大きな問題があれば意見をもらい、早い段階から監督やプロデューサー陣を交えて具体的なアプローチを取ることができます。
可能な限り待って素晴らしいシーンに
今回の電車周りの撮影で一番印象的だったのは、6話でのさえ子とミキの対峙(たいじ)シーンでのことでした。撮影は当初終電付近の小樽駅ホームで行われる予定でしたが、いざ撮影を始めようと準備していると、周りのホームに稼働を終了して車庫に戻る前の車両が何台も入線してきて、エンジンを付けたまま停車してしまいました。全体的なノイズフロアが強烈に上がり、かろうじてお芝居は可能ですが収録としては非常に厳しい環境になってしまったのですが、撮影スケジュールの問題もあるので、段取りという役者さんのお芝居を全スタッフで確認する工程の後にメインスタッフで集まった時に「可能な限り待って、全ての電車がいなくなってから撮影をしたい」とコールをしました。
その時に僕以外の撮影・山田康介さんや照明・木村匡博さんなど、メインスタッフの方々が同調してくださり「絶対に待った方が良いから待ちましょう」と言っていただき、そこから数時間の中空きを経てあのシーンが撮影されました。全話を通してみても非常に緊迫した大事なシーンを全部署が協力して環境を作り、撮りあげた素晴らしいお芝居になっていると思います。
また、今作の音響周りで非常に印象的なのが成瀬(坂口健太郎)や雄介(生田斗真)がピアノで演奏をする「I WANT YOU BACK」だと思います。これは他のさまざまな媒体でも語られていますが、坂口さんや生田さんの演奏は撮影中一切吹き替えをすることなく全てご本人が演奏されています。一般的には、撮影では手元などは監修の先生に弾いていただくことが多いのですが、今回は監督の強い希望もあり、俳優部は長期のピアノ練習を経て全て自身の手で弾いています。完成された作品の音に関しても、撮影しながら僕が収録した現場のピアノの音と編集用の音源をうまく混ぜ合わせることにより、非常に説得力があり、感情の表現された素晴らしいシーンにできたと思っています。
ポスプロでの工夫で映像に厚み
撮影後のポストプロダクションに関しては、リレコーディングミキサーの浜田と音響効果を担当していただいた松浦大樹さんを中心に、さまざまな工夫が施されています。このポストプロダクションのタームでは、現場で僕が収録してきた音声の使い方はもちろん、ゼロベースでの新たな音の発想や、撮影時にはそこになかった音を多く足すことにより、撮影してきた映像の厚みを出すクリエーティブが多く発生します。
先日Xでもポストさせていただきましたが、今作のとても大きなクリエーティブの一つとして、成瀬に移植された雄介の心音は、実際に生田さんの心臓の音をさまざまなマイクで収録させていただき、作品に使用させていただきました。
アフレコ時に生田さんにお願いしてスタジオ内で軽い運動などをしていただき、ダミーヘッドマイクに聴診器を組み合わせたものや、聴診器の中に直接マイクを仕込んだものなどを使いながら、パターン違いの心臓音を収録させていただきました。松浦さんいわく「生田さんの心音はリズムが一定でめちゃくちゃきれい」だったそうです。(笑い)
コーヒーをいれる音にもこだわり
そのほかにも撮影後に、実際にハワイの空港や街、コーヒー農園で時間帯を分けて朝、昼、夜の雰囲気を丁寧に収録していただき、作品のバックグラウンドとして使用しています。また松浦さんには、今回の非常に重要な要素である「コーヒー」の音にこだわっていただき、劇中に登場するオールドプロバットと呼ばれる焙煎(ばいせん)機を実際に所有されている方を訪ねて駆動音を録っていただいたり、コーヒーをいれる音はサーバーやフィルターに小型のマイクを付けて丁寧に再録していただいたりしました。また、6話で登場するLINEを模したチャットでの表現は、監督から2人の心情をサポートする可愛らしいものにしたいというオーダーがあり、架空のものを制作したとおっしゃっていました。
無事に配信され、自宅環境でも全話鑑賞し直しましたが、ニアフィールドミックス(家庭環境の小さなスピーカーやイヤホンなどでの視聴を前提とする音量感の音作り)という、劇場作品とは違う配信環境における最上のミックス、音作りをしていただいた音響チームの技術力に驚きと感謝を述べて、この文章を閉じたいと思います。「さよならのつづき」はNetflixで全話配信中です。未見の方もぜひ、一人でも多くこの作品に触れていただけたらうれしいです。