深田晃司監督

深田晃司監督

2022.2.23

洪相鉉のシネマㆍノウァートゥス 日本の映画オーディエンスの皆様へ

国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。

洪相鉉

洪相鉉

国際交流基金が選んだ世界の映画人7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。

 
時計を2003年12月7日に戻そう。
演劇映画学部の後輩らによる創立45周年記念公演の打ち上げが行われている。 学生演劇だったにもかかわらず、3日間、1日2回のほぼ全ての公演で500席近い大劇場は満席だった。
 
作品はジョージㆍSㆍカウフマンとモスㆍハートにピュリツァー賞をもたらした戯曲で、1938年にコロンビアピクチャーズによって映画化され、アカデミー賞の作品賞ㆍ監督賞(フランクㆍキャプラ)を受賞した「我が家の楽園」。
 
しかし、お祝いムードで盛況のビアホールの一角で、演技指導を担当していた恩師と会話をしていた筆者の表情は暗かった。時間がたてばたつほど、自分に才能がないことを実感し、表現者としての夢を諦めようと決心した当時は、実に暗いトンネルをさまよっているような気がしたからだ。
 
その時、しばらく沈黙を守っていた恩師が、穏やかな笑みを浮かべて話を切り出した。
「君は『グッドクリエーター』、『グッドエクスプレッサー』になる前に『グッドオーディエンス』になることがどれほど素晴らしいことなのか分かっていないだけだ。 良い観客というのは中世のパトロンの代わりに現代の大衆芸術を支える最も重要な存在だということを覚えておかなければならない」
 
大俳優特有の魅力が感じられる口調でアドバイスを締めくくった恩師は、「頑張れ」という感じで筆者の肩をたたいた。
 
その教えをしっかり覚えたかはわからないが、とにかく映画を見ることを専門的にしている筆者が最近改めて「グッドオーディエンス論」を思い浮かべたのは、コロナ禍の広がりで世界保健機関WHOがパンデミック世界的大流行を宣言してから1カ月後の2020年4月のこと。
 
主人公はもうすぐ100人目となる筆者の記名インタビューシリーズの10回目のインタビューで出会い、今は盟友となっている映画監督の深田晃司。 特にフランスで愛されている映画界の若き名匠である彼は、映像作家としての自分を育ててくれた基盤だったミニシアターが、いわゆる「三つの密」の空間に分類され、壊滅的な打撃を受けることを憂慮し、民間レベルの支援を図るキャンペーン「ミニシアターエイド(Mini-Theater AID)」を提案した。
 
告白すると、「フィルムインダストリーのためのコロナ対策」と言えば、ドイツに代表される国の緊急予算の編成しか思い浮かばなかった貧しい想像力の筆者としては、このキャンペーンの成功の成否を確信できなかった。
 
しかし、ここで奇跡が起きた。 1カ月を超える期間のキャンペーンの成果は、実に映画史に記録されるに値するものだった。 2万9926支援者による募金総額は3億3102万5487円に上り、目標額の3倍以上になる金額であった。
 文化芸術分野への公的支援を訴え、首相官邸前でサイレントスタンディングを行う映画関係者たち=2021年5月6日、幾島健太郎撮影

地球規模の災難に取り組む映画人の動きは世界的にあったが、これは全く違う意味を持っていた。 例えば財閥系製作会社がリスクを背負って大作の製作ㆍ公開を強行したり、興行映画でシネコンに向かわせようとするのではなく、シネフィル(cinephile)の自発的なキャンペーンが一国の省庁からの交付金にあたる物質的土台を作ったからである。 危機に直面した映画の未来のために、物心両面のサポートを尽くす良識。
 
単に世界第3位の映画市場の規模という経済数値ばかりではなく、量と質のバランスを保とうとする文化力。 「グッドオーディエンス」を超え、「グレートオーディエンス」の真骨頂を日本で見つけた。 これこそ世界映画産業の希望だった。
 
あれから2年が過ぎた。コロナ禍はまだ収まっていないが、新年を迎えて筆者がお世話になっている《毎日新聞》の毎日映画コンクールや、シニアプロデューサーを務めている高崎映画祭など、昨年を振り返る映画賞・映画祭の日程が続く。
 
どれもコロナ禍の奮闘で有数の国際映画祭での受賞と興行の実績などをあげている豊なラインナップ。
 
WITHコロナへの道を脅かすオミクロン株を危惧するニュースがあちこちで流れているが、絶望するのはまだ早い。 屈せずに熱く応援してくれる観客がいるから。
 
そして、誓う。 「国際基金の依頼で今年の映画産業を決算するアーティクルを書く時、最も素晴らしいクリエイターの座に『ジャパニーズオーディエンス』を位置づける前提を今年も固守しよう」と。

ライター
洪相鉉

洪相鉉

ほん・さんひょん 韓国映画専門ウェブメディア「CoAR」運営委員。全州国際映画祭ㆍ富川国際ファンタスティック映画祭アドバイザー、高崎映画祭シニアプロデューサー。TBS主催DigCon6 Asia審査員。政治学と映像芸術学の修士学位を持ち、東京大留学。パリ経済学校と共同プロジェクトを行った清水研究室所属。「CoAR」で連載中の日本映画人インタビューは韓国トップクラスの人気を誇る。