毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.2.17
ちょっと思い出しただけ
けがでダンサーからステージ照明のスタッフになった照生(池松壮亮)。タクシー運転手として働く葉(伊藤沙莉)。別れてしまったふたりが過ごした6年間を、照生の誕生日の1日だけにスポットを当てて描く。クリープハイプの尾崎世界観がジム・ジャームッシュ監督の「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て作った楽曲を基に、松居大悟が脚本を執筆して監督。終わりから始まりへとさかのぼる物語を生み出した。
真夜中の水族館でのデートも、朝の体操やべっ甲風のバレッタなどなんてことのない行動や小物も、すべては等しく特別な思い出だ。けれども監督は過剰な演出を避け、記憶をことさら美化するシーンもない。「ちょっと思い出しただけ」というタイトルからも感じられるように、思い出との向き合い方の温度がちょうどよく、過去をさりげなく肯定してくれる優しさがある。東京の街のどこかで今日も暮らしているような男女を演じた、池松と伊藤の相性も抜群にいい。1時間55分。東京・テアトル新宿、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(細)
異論あり
池松の「なんであんなに我慢できたんだろう」など染み入るセリフや、タクシー内の伊藤と池松の長回しに見入ってしまう。誕生日の定点観測も悪くない。とはいえ、昨今目立つ恋する男女の懐古が主眼。今の2人が響いてこない。今を生きている感触、肌触り感がほしい。(鈴)