「THE FIRST SLAM DUNK」を再上映中の映画館

「THE FIRST SLAM DUNK」を再上映中の映画館勝田友巳撮影

2024.8.22

録音技師が〝耳で見た〟「THE FIRST SLAM DUNK」には映画音響の究極がある 再上映へ急げ!

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

根本飛鳥

根本飛鳥

映画録音技師の根本飛鳥と申します。普段は映画の撮影現場で役者さんのセリフを同録(カメラが回っている時に同時に録音すること)することをなりわいとしています。今回は、なんと8月13日から全国380スクリーン以上(!)で開催されている「THE FIRST SLAM DUNK」の〝復活上映〟を記念し、音響面での魅力を語らせてください。

経験したことない精度の高さ

2022年の劇場公開当時に本作をTOHOシネマズ六本木で鑑賞し、その音響の精度の高さに驚愕(きょうがく)するとともに、過去に経験したことのない興奮を鼓膜に味わい言語能力を奪われ、鑑賞後しばらく「スラダンやべーっす、あんな音を自分も実写でやりたい……」とつぶやくだけの生物になってしまいました。

普段は仕事の延長線上で作品音響のディレクションやらもするわけですが、「THE FIRST SLAM DUNK」には、僕が「映画音響ってこういう感じがかっこいいよな〜」って日々ぼんやり思い描いていることがほとんど投下されていて、さらにそれが最大限の力を発揮して作品を突き動かす、正に「究極音響映画」になっていると思うのです!! だからこの記事を読んでくれたそこのアナタ! 未見の方はもちろん、「スラダンはもう家で見たしな〜」ってそこのアナタ!! もういい、あと1分でこの記事を読んだら即座に立ち上がって劇場に「行っけー!!!!!(リョータがドリブルで抜くとこね)」って僕は(君が好きだと)叫びたいので、もうちょっとだけお付き合い願います。

「THE FIRST SLAM DUNK」の音響を語る上で絶対に外せない人物が、音響演出を担当している笠松広司さんです(笠松さんの経歴作品をたどるだけでも非常に深淵なる音の旅に出られるのだが、長くなるのでまた別の機会に……)。今作は、この笠松広司率いる最強アニメーション音響集団の究極的なこだわりと美意識(feat. 10-FEET)が起こしたビッグバンであることは間違いありません。

床の素材で異なるバッシュ、ドリブル音

冒頭の沖縄の回想パートから耳を澄ませて聴いてください。笠松さんたちの「材質、質量へのこだわり」が冒頭数分で聴こえてくるはずです。地面を擦るバッシュの音、ドリブルするボールの音、パスを取る音、全てが年代ごとに細かく調整されており、同じ体育館設定でも回想パートの茶色い床の古い学校の体育館と、山王戦が行われている体育館のドリブルやバッシュの音は全く違う演出がされているのです。高校の部活レベルでバスケットボールに触れた人間は多くはないと思いますが、幼少期に家の前や近所でバスケットボールを使って遊んだ記憶がある人は多いのではないでしょうか。あのコンクリートでバスケットボールをドリブルした時の「キーン、キーン」という、まさしく海馬を刺激してくる「記憶にくる」音が作られています。

また今作はおそらく日本映画史上最高量の「息、呼吸音」が聴ける作品でもあります。僕が作品を担当するときもアフレコ(撮影後に役者さんの声をスタジオで別録(ど)りして作品に足していく工程)ではめちゃくちゃ息のオーダーを出しますが、これはセリフの前後や合間、また表情のお芝居の輪郭を強調するのに「息」の演出がものすごく大事だと思っているからです。「THE FIRST SLAM DUNK」はほとんどが試合中の描写なのでセリフはそこまで多くありませんが、キャラクターたちの呼吸音があたかもセリフのように躍動し続けます。ASMR(人が聴覚によって抱く快感、またそれをもたらす装置)好きにはたまらない仕様といえるでしょう。

見えの切り方 緩急の素晴らしさ

さらに、個人的な最大の音響ポイントは、もはや伝統芸能かと思わせられるほどの「音での見えの切り方」と「緩急の素晴らしさ」です。「THE FIRST SLAM DUNK」は、観客に対して完全に見る場所と聴く音をコントロールしてくる作品です。例えば、コートのキャラクターたちは詳細に描かれていますが、観客席の人々は表情すら描かれていません。音響構成もいい意味でとてもシンプルです。

設定上その空間に鳴っている音は大量にありますが、そのポイントポイントで観客に聴かせたい音やセリフ以外をどんどん抜いていき、音楽で隙間(すきま)の密度を上げていく、そして一番気持ちいいタイミングでスパッと全てを抜いて、強烈な10-FEETの音楽と大量の音響でブチ上げていくのです。この体験・感覚は何に近いだろうとずっと考えていましたが――花火です。ぴゅーって上がっていって、さく裂する前に一瞬静かになり、予想していたよりも大きな火花と音がドカンとくる。だからこそ、回想明けの試合シーンでリョータがドリブルで抜く瞬間は叫びたくなるわけです。

映画上映は一期一会 劇場へ

ひょんなことから「THE FIRST SLAM DUNK」の音響に注目した記事を依頼され、それなら復活上映の期間中に記事を出して、1人でも多くの人に劇場で聴いてもらいたいんです!!とむちゃくちゃなことを言い出した僕に快く対応していただいたSYOさん、ひとシネマ編集部の皆さま本当にありがとうございます。桜木の言葉を借りるならば、記事をお願いされた瞬間に「今なんです!」と思ってしまいました。

映画の上映は一期一会です。特に劇場空間で、多くの人と固唾(かたず)をのんで「あの瞬間」を共有する経験は、紛れもなく、そこにいたあなたにしか味わえないものです。この復活上映を逃したら、次はいつ劇場で見られるか本当にわかりません。どうかこの記事を読んで少しでも何かを感じていただけた方は、ぜひぜひ、劇場へ足を運んでいただけたら幸いです。その価値が間違いなくこの作品にあります。

この記事の掲載から上映終了まで、どれだけ時間が残されているか分かりません。でも「諦めたらそこで試合終了」なので、僕も山王戦の湘北の気持ちで文章を書きました。どうかこの復活上映へのラストスローが、一人でも多く劇場というゴールに突き刺さりますように。

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ライター
根本飛鳥

根本飛鳥

ねもと・あすか 録音技師。1989年生まれ、埼玉県出身。多摩美術大在学中から活動を始め、インディーズから商業大作まで幅広く参加。近年の主な参加作品は「哀愁しんでれら」(2021年、渡部亮平監督)、「余命10年」(22年、藤井道人監督)、「最後まで行く」(23年、藤井道人監督)、「ちひろさん」「アンダーカレント」(ともに23年、今泉力哉監督)、「パレード」「青春18×2 君へと続く道」(ともに24年、藤井道人監督)。Netflixオリジナルシリーズ「さよならのつづき」は配信待機中。

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