全国で相次ぐ強盗事件などを巡り、指示役とされる「ルフィ」と名乗る人物らが収容されたビクタン入管収容所

全国で相次ぐ強盗事件などを巡り、指示役とされる「ルフィ」と名乗る人物らが収容されたビクタン入管収容所フィリピンの首都マニラ近郊で2023年1月、石山絵歩撮影

2024.12.30

〝闇バイト〟〝トクリュウ〟を予見?「東京難民」から10年 進む貧困・格差

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

筆者:

ひとしねま

寺脇研

それを「トクリュウ」と呼ぶのだそうだ。

「匿名・流動型犯罪グループ」の略称らしい。これに関する犯罪は、特殊詐欺、投資詐欺、強盗、窃盗、リフォーム詐欺、オンラインカジノ賭博などさまざまな領域に及ぶ。2022年に、全国各地で殺人や傷害を伴う強盗事件を起こした「ルフィ広域強盗事件」が暴かれ、こうした凶悪犯罪の横行を広く国民に知らしめたのは記憶に新しい。

この事件は、「ルフィ」と名乗っていた匿名の指示役が、タイやフィリピンといった海外を拠点に、SNSで集めた実行役に命じて犯行を重ねていたわけだが、この一味が逮捕された後も、こうした形の凶行が後を絶たない。警察によれば、24年4月から10月までの間に4472人が摘発されているという。もはや社会現象とまでなっているのだ。

甘言に惑わされる若者たちだが

こんな非道を繰り返す「トクリュウ」は、決して許してはならず、社会の敵として厳しく対処していくべきなのは言うまでもなかろう。ただ、多くは若者である実行役に関しては、別の視点でも考えていく必要があるのではないか。「ホワイト案件」とうたって犯罪性を隠し、簡単な仕事で即日即金高額収入とあおるSNS上の甘言に惑わされて登録するや否や、身分証明書や家族の情報を提供させられ、それを使った脅しで服従させられる。

安全圏にいる指示役からの命令に逆らえず、操り人形よろしく犯罪行為を強要されて最悪は殺人犯にまで仕立てられる。少額の報酬と引き換えに、逮捕される役を引き受ける羽目になるのだ。いわゆる「闇バイト」である。割に合わないこと、この上ない。ある意味では被害者ではないか、と同情の念さえ浮かんでしまわないだろうか。

交通費なく歩いて犯行現場へ……

たしかに罪は罪。殺されたり傷つけられたり盗まれたりした本当の被害者のことを考えれば、やはり加害者なのであって許すわけにはいかない。指示役からだまされたのも、己の思慮分別、判断能力や思考能力が不足していたが故であるのは否めないところだ。物欲とか虚栄心とかを満たすために、楽して稼ごうとの不心得な動機で応募した者もいただろう。

しかし、貧困生活に耐えかねてワラにもすがる思いで「闇バイト」に手を染める結果となった例も少なくはなさそうだ。盗みに入るよう指示された家へ向かう交通費がなくて、遠い道のりを徒歩で赴いた実行役もいたらしい。そんな若者の貧困生活ぶりに関しては、われわれ大人としても、自己責任と決めつけるわけにはいかない面もあるのではないか。

親の破産で転落、ホームレスに

「東京難民」(14年、佐々部清監督)という映画がある。貧困ゆえ国を逃れ他国を目指す「経済難民」ならぬ「東京難民」。今から10年前の東京で、既に深刻な貧困に陥る落とし穴があったのだ。

親がかりでごく普通の気楽な大学生活を送っていた主人公は、唯一の家族である父親の破産、失踪で仕送りが途絶え、授業料、家賃の滞納により大学からもアパートからも一方的に追放される。日雇いバイトに頼るネットカフェ暮らしから、ホストクラブの寮住み込み、作業員宿舎に寝泊まりして(飯場同然の寮で)土工仕事、果てはとうとうホームレス……。たった半年間での画(え)にかいたような転落ぶりである。

彼の周囲の風景にも、ファストフード店で一夜を過ごす人々、薬の治験バイト、生活保護がらみの貧困ビジネス、さらには借金の末にソープランドに売られたり多額保険金をかけられたりの貧困模様がリアルな描写で繰り広げられていく。慌て、焦り、あがき、果ては絶望していく若者の心境が、手に取るように伝わってくる。ここに「闇バイト」の勧誘があったとすれば、ついその気になるに違いない。

一線越える若者たち

福澤徹三による原作小説が雑誌に連載されたのは07~10年、単行本化は11年、映画は14年。新自由主義経済による「格差社会」が流行語になったのは06年だから、それ以来の道筋をたどっていくかのような映画だ。07年「ネットカフェ難民」、08年「派遣切り」……。そして13年の「アベノミクス」は、さらに格差を助長した。

主人公が勤めるホストクラブにそびえ立つシャンパンタワーとは、シャンパングラスをピラミッド状に積みあげ天辺のグラスからシャンパンを注いで順にあふれて下まで流れ落ちる様子を見せる演出である。まるでアベノミクスが目指した経済学上の「トリクルダウン効果」と同じだが、そちらは富を下層にまで届かせることはついになかった。

映画の主人公は、絶望の淵にあっても、「これだけは絶対やってはいけないこと」を守り通す。だが、それから10年後となる現在の若者たちは、次々と一線を越えて「闇バイト」を選んでいく。それだけ、貧困の厳しさが増しているわけだ。

「103万円の壁」とやらの問題もいいけれど、今、この瞬間「闇バイト」を頼ってしまう若者たちの切羽詰まった状況の打開こそ、社会全体で真剣に考えるべきではないだろうか。

「東京難民」はU―NEXTで配信中。

関連記事

この記事の写真を見る

  • 全国で相次ぐ強盗事件などを巡り、指示役とされる「ルフィ」と名乗る人物らが収容されたビクタン入管収容所
  • 強盗被害に遭った時計店のショーケースはめちゃくちゃに割られていた
  • 〝闇バイト〟に参加した受刑者が刑務所から記者に寄せた手紙。事件直後に「やばい」という気持ちが渦巻いていたことを明かした
さらに写真を見る(合計3枚)