2024年もたくさんの映画が、私たち映画ファンを楽しませてくれました。ひとシネマライターが、映画、動画配信サービスの作品から今年の10本、そして2025年の期待作を選びました。年末年始、鑑賞のおともに、どうぞ!
2024.12.27
もはや〝絵に描いた餅〟ではない日本映画の海外展開 着々と進む国際合作:総まくり2024年
東京国際映画祭で安藤裕康チェアマンにインタビューした時、記憶に残った言葉がある。2024年8月9日に発効した日伊映画共同製作協定を眺める彼の感慨。「協定の前にもさまざまな努力があった」という。それはそうだろう。日本で初めて「文化外交」の概念を持ち出したのは彼であり、外交現場での最後の職責が駐イタリア特命全権大使だった。
文化史イベントとしての合作協定
映画の共同製作のために国家間で協定まで結ぶ必要があるのかと考える読者がいるかもしれないが、隣の韓国も07年に欧州連合(EU)およびフランス、08年にはニュージーランド、そして14年には中国と共同製作協定を締結している。韓国が映画産業化以降、すなわち近年ようやく業績を積み上げてきたのに対し、日本の場合、始まったばかりのベネチア国際映画祭で田坂具隆監督が「五人の斥候兵」でイタリア民衆文化大臣賞を受賞したのをはじめ、1951年から54年までは黒澤明と溝口健二が交代でほぼ毎年受賞するなど、イタリアと〝映画強国〟同士の交流史もあり、新しいシナジー効果も期待できるはず。
国際共同製作が国レベルで行われると、お互いの人材や技術力、資本力を活用することで作品の質的水準を高め、海外市場進出を促し、究極的には参加する国々の映像産業インフラの発展までももたらす。つまりこれは「文化史的イベント」であり、単に2国だけの「協定」ではなく、国際共同製作に対する業界の認識の地平を広げ、その中に若い映画人の試みを促すアジェンダセッティング(Agenda setting)のきっかけになることもあって、意味深い。
新たなパラダイム作りに挑むK2に期待
こうした開放的なムードとかみ合う民間の動きもある。例えば「我々が何もしないままでいれば、韓国映画の後ろ姿はだんだん遠ざかってしまいます」と国内市場に安住したくない意志をアピールし、筆者に深い印象を残したプロデューサーの紀伊宗之が立ち上げたK2Picturesの野心に満ちた企画、K2P Film Fund 。成功すれば日本映画の新たな生態系づくりの基盤固め、あるいはそれ以上の役割を果たすことが期待されるこのプロジェクトの骨子は、岩井俊二、是枝裕和、白石和彌、西川美和、三池崇史、アニメーションスタジオのMAPPAなど日本を代表するクリエーターを結集させてプロジェクトを生み出し、新たな国内外の投資家の資金を誘致して日本映画産業への参入をサポートする一方、クリエーターには新たな利益還元の方式を進めていくというもの。プロジェクトのコンテンツとしては、映画以外にも既に高い認知度を有するアニメ等のさまざまなジャンルを包括する。
特記すべきことは、「みんなが貧乏人」という業界でよく聞く言葉に象徴される、クリエーターへの利益還元が限定的だった国内市場の体質を新たな投資家、そしてそれらと連動する新たな利益還元のシステムという異次元のアプローチで克服しようとしている点である。すでに昨年の釜山国際映画祭出品作の「リボルバーㆍリリー」、今年の東京国際映画祭オープニング作品の「十一人の賊軍」など、重量感のある2本のブロックバスターの製作に関わった同社には、今までの日本のメジャー映画会社がやってきたこととは少し違うパラダイムを持つ国際共同製作モデルを見せてくれると期待している。
存在感示した若手クリエーター
しかし、このように制度やシステムが整備されても、やはり鍵となるのはその未来を築くことができる若手クリエーターが存在しているかどうかであろう。これと関連して、釜山国際映画祭と東京国際映画祭という北東アジア最大の国際映画祭が開催された10月、2週間おきに公開された2本の映画が非常に興味深い事例となった。
まずは、日本とアメリカを拠点に活動している空音央監督が、ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto|Opus」の後に発表した劇映画「HAPPYEND」(10月4日公開)である。日米合作のこの映画の製作には、日本だけでなくさまざまな国で活動しているプロデューサー陣が参加し、音楽や撮影もニューヨークを拠点に活動しているクリエーターたちが担当した。
ただしスタッフ陣の多様な面々に劣らず注目すべきなのは、近未来の統制社会を背景に、「学校」を権力の専横や差別がまん延する場である半面、それに対する抵抗の過程で新しい形態の連帯の可能性が生まれる「公共圏(Öffentlichkeit)」でもあると描き出していること。そうした野心的なメッセージにふさわしく、同作はベネチア国際映画祭とトロント国際映画祭、ニューヨーク映画祭などで高く評価され、釜山でも歓呼で迎えられた。筆者としては、これをパイロット版として映像配信シリーズに展開する可能性も感じた。
次は筆者がシニアプロデューサーを務めた高崎映画祭が発掘した(新進監督グランプリ「赤い雪 Red Snow」)、女性監督の甲斐さやかによる日仏合作映画「徒花 ADABANA」(10月18日公開)。日仏合作は他の国と比べて事例が多い方だが、同作が特別なのはその詩的な映像だけでなく、奇抜な想像力で観客の好奇心を刺激する興行の要素を持っていることだ。
ウイルスのまん延によって人口が激減する中、上流階級の人間に延命治療の道具としてクローンの所持が許される近未来の社会で、主人公は自分と全く同じ外見ながらはるかに純粋で知的なクローンを、命を持続させるために犠牲にしなければならないという倫理的ジレンマに直面する。現代には存在しない他者的存在を実存に対する悩みのきっかけとして登場させ、その関係性を通じて今日の現実まで省察させる点は、どこかコゴナダの「アフターㆍヤン」のような感性も感じられる。こうした作品こそ、日本とフランス以外のグローバル配給に力を入れるべきではなかったか。
日本映画の躍進もたらす要素に
このように24年は、「時代的な当為性を持つスローガン」のようだった国際共同製作が、いつの間にか日本映画の現実の中に入っていることを実感する一年だった。もちろん、日本のクリエーターの力量は早くからグローバルクオリティーを維持していたが、筆者の考えとしては、これらを安定的に維持していくために、大衆性とバランスの取れる映画を、市場が維持できる程度に作り続けることも重要であろう。
産業的な側面から浸透力と投資価値を検証すること、これはもしかするとブロックバスター以外の全ての映画が脆弱(ぜいじゃく)性を露呈する韓国映画、王兵のような芸術映画以外は海外での存在価値が疑われている中国映画の現実を見ると、日本映画の驚くほどの躍進をもたらす要素になるかもしれない。