「帰ってきたあぶない刑事」の完成披露試写会であいさつする舘ひろし(左)と柴田恭兵=2024年5月3日、横浜市で勝田友巳撮影

「帰ってきたあぶない刑事」の完成披露試写会であいさつする舘ひろし(左)と柴田恭兵=2024年5月3日、横浜市で勝田友巳撮影

2024.5.18

帰ってきた「あぶデカ」ユージ&タカ なぜ38年もカッコイイのか

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

「あぶない刑事(デカ)」が、〝また〟帰ってくる。「フォーエヴァー」「さらば」と何度か別れを告げていても、人気者にお呼びがかかるのは映画界の常。8年ぶりの新作「帰ってきたあぶない刑事」だ。タカ&ユージは70代になってもかっこよく、横浜の街で痛快に大暴れ。ドラマの放送開始から38年、「同じ組み合わせのバディーもの」では世界最長級。時代の波を乗り越えて続くシリーズを、振り返ってみた。


ハードボイルドでスタイリッシュ 情に流されずアクション満載

まずは「あぶデカ」のおさらいから。神奈川県警横浜港署の刑事、タカこと鷹山敏樹(舘ひろし)と、ユージこと大下勇次(柴田恭兵)のコンビが、少年課の同僚、真山薫(浅野温子)、後輩刑事の町田透(仲村トオル)とともに、横浜で起きる凶悪事件を解決する刑事もの。スタイリッシュなタカとユージの軽快なセリフと派手なアクションが見せ場となり、先輩に頭が上がらない透、破天荒な薫とコミカルなキャラクターを交えたユーモアたっぷりの掛け合いも定番だ。最初のドラマから参加している脚本家の大川俊道によれば「架空の横浜を舞台としたファンタジー」。「タカとユージの私生活を見せない」「情に流されず、悲壮感を取り除く」というのが不文律だった。
 
年代順に数字を追うと、こうなる。
■1986年
10月~87年9月 ドラマ「あぶない刑事」放送。平均視聴率17%


ドラマ「あぶない刑事」

■1987年
12月 映画「あぶない刑事」公開 興行収入26億円
■1988年
7月 映画「またまたあぶない刑事」公開 興収18億円
10月~89年3月 ドラマ「もっとあぶない刑事」放送。平均視聴率20.4%
■1989年
4月 映画「もっともあぶない刑事」公開。興収12億円
■1996年
9月 映画「あぶない刑事リターンズ」公開。興収は9.1億円
■1998年
8月 ドラマ「あぶない刑事フォーエヴァー TVスペシャル‘98」放送。視聴率25.7%
9月 映画「あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE」公開。興収8.8億円
■2005年
10月 映画「まだまだあぶない刑事」公開。興収8.1億円
■2016年
1月 映画「さらばあぶない刑事」公開。興収16.1億円


映画「あぶない刑事」

刑事ドラマに新機軸を 日テレとセントラル・アーツ

ドラマ「あぶデカ」の放送が日本テレビ系で始まったのは、86年10月。草創期から刑事ドラマはテレビの人気番組で、「太陽にほえろ!」「大都会」(ともに日テレ系)、「Gメン’75」(TBS系)、「西部警察」(テレビ朝日系)など多くのヒット作を生んできた。しかし80年代半ばになると陰りが見え、新機軸を求めた日テレの初川則夫プロデューサーらが制作会社「セントラル・アーツ」に話を持ち込んだ。「セントラル・アーツ」は、元日活プロデューサーの黒沢満と後輩の伊地智啓が中心となり、映画「野獣死すべし」「ビー・バップ・ハイスクール」など斬新なアクションものをヒットさせていた。同社が得意とした「ハードボイルドなバディーもの」をテレビで作ろうという企画だった。

主演に抜てきされた舘ひろしと柴田恭兵は当時、人気が出始めた30代。舘はバイクチーム「クールス」から芸能界入りし、「西部警察」などの硬派なイメージが定着していた。一方柴田はミュージカル劇団「東京キッドブラザース」からテレビに進出、軽快さが持ち味。タイプは違うが共に二枚目。バディーものは正反対の2人の衝突が定番だが、大川は「伊地智さんからは『AとBではなく、AとA’でいい。パッと見が似ていてかまわない』と言われた」と証言する。

大川は「2人の組み合わせは何かやってくれそうだし、やりたい作品が作れる」と胸を弾ませたという。当時20代、「太陽にほえろ!」などに参加していたが、テレビの制約の多さも感じていた。しかし「あぶデカ」では「面白いと思ったことをやらせてくれた」と振り返る。「セントラル・アーツ」も乗っていた。毎回派手なカーチェイスで車が横転し、町中で派手に銃を撃ち合う。映画界も世間も今より大らかで、公道での物騒なアクションの撮影もおとがめなし。ドラマにも映画にも関わった近藤正岳プロデューサーは「かっこよくて面白い。クールでホット。相反するものを詰め込んで、自由だった。演出家の味も加わり、面白ければ何でもありのハードボイルドという世界観が魅力的だった」と語る。


ドラマ「もっとあぶない刑事」

結果オーライ バブル景気反映し視聴率20%

ドラマの平均視聴率は17%、半年の放送予定は1年に延びた。人気を受けて映画化が決定。今でこそ当たり前となったドラマの映画化のハシリである。近藤は「黒沢や伊地智、長谷部安春監督らスタッフは映画の出身だったし、テレビ映画のつもりで作っていたから、当然の流れだったのでは」と推測する。放送終了の3カ月後には正月映画として公開され、興収26億円と大ヒットした。ドラマのエンドクレジットの背景となった横浜の赤レンガ倉庫は落書きが相次ぎ、保護運動にも結びつく社会現象ともなった。

近藤は当時の人気を「時代の潮目に乗った」と見る。80年代後半、日本はバブル景気に浮かれていた。登場人物は肩パットの入ったブランドものの服に身を包み、パトカーも高級車の日産レパード。現実にはあり得ないカーチェイスや銃の乱射も自然に受け止められた。「日本が一番派手で、でたらめで面白かったころ。タカとユージは拳銃の弾もたくさん使ったけど、検挙率も高い。結果が出れば大目に見てよ、という時代の空気を体現していたと思う」。勢いに乗って、翌88年7月から89年4月までの1年半あまりで、ドラマを挟んで映画2本を公開。近藤は「プログラムピクチャーを作っていた時代のような、むちゃくちゃな撮影だった。それでもセントラル・アーツは製作能力が高かったし、出演者もスタッフも息が合っていた」。ドラマの視聴率は20%を超えたものの、映画の興行成績は、「またまたあぶない刑事」(88年)が18億円、「もっともあぶない刑事」(89年)は12億円と伸びず、シリーズはいったん休止する。


映画「もっともあぶない刑事」

潮目はリアリズムへ 大ヒット「踊る」 ジリ貧「あぶ刑事」

96年、映画「あぶない刑事リターンズ」として復活するものの、興収は9.1億円と伸び悩む。98年の「あぶない刑事 フォーエヴァー」では、前半をテレビのスペシャル版、後半を映画というメディアミックスを試みる。こちらは、ドラマの視聴率は25.7%と好調だったものの、映画の興収は8.8億円。05年に再度復活した「まだまだあぶない刑事」は8.1億円とジリ貧だった。

バブルははじけ、時代は経済停滞の暗い影が差していた。ドラマ「踊る大捜査線」が大ヒットしたのは96年。ここでは警察官も公務員として描かれ、拳銃を持ち出すのにも許可がいる。主演の刑事青島は、組織の力学のなかで苦悩した。そのリアリティーが受け、98年に公開された映画版は配給収入50億円と、この年の邦画トップ(配給収入は興収から映画館の取り分を引いた額。興収はおおむね倍)。近藤は「『踊る』はサラリーマンが組織の中でどう動くかという、しょっぱい現実を描いていた。求められたのは、西部劇的で沸点が高いかわりにリアリティーがない『あぶデカ』ではなかった」。90年代まではまだしもビデオやDVDの販売で製作費回収ができたが、2次利用市場はこの後急速に縮小。「あぶデカ」の命脈もつきたかに見えた。


映画「まだまだあぶない刑事」

昭和への憧れ? 人気回復

ところが、時代は再び「あぶデカ」にほほ笑んだ。「まだまだ」の幕切れでタカとユージの生死が不明だったため、黒沢プロデューサーが「決着を付けよう」と動き出す。16年に映画「さらばあぶない刑事」を公開すると、興収16.1億円と〝想定外〟にヒット。「閉店セール」の人気だけではなかった、と近藤は分析する。「自由な良い時代としての昭和に、憧れがあったのでは」。当然続編が企画されたが、ここからまた曲折。18年に黒沢が死去、俳優のスケジュールを待っているうちにコロナ禍に突入。プロットを練り、満を持して「帰ってきた」のである。

「帰ってきたあぶない刑事」はユージとタカがニュージーランドから横浜に戻った場面で始まる。退職後、海の向こうで探偵をしていたが、トラブルを起こして帰国。横浜で探偵事務所を開く。横浜では、中国系マフィアと手を組んだ悪徳業者がカジノ開設をもくろんでいた。一方、2人の元に若い女性から母親探しの依頼が舞い込んで、どうやら彼女はタカかユージの娘らしい……。

舘、柴田とも70代。脚本の大川は「探偵になった2人をどう〝刑事〟に戻すか悩んだ」というが、結局「『あぶデカ』だからいいんだ、映画は自由と吹っ切った」という。タカもユージも口々に「年を取った」とグチりながらも、走り、格闘し、バイクを乗り回しカーアクションに挑む。派手なドンパチや車の転倒も、盛りだくさん。透のとぼけ方や薫の暴走など、お約束も忘れていない。


映画「さらばあぶない刑事」

待ってました 中高年ファンの熱気ひしひし

さて、8年ぶりの「あぶデカ」、時代をつかめるか。ゴールデンウイークのさなか、横浜市内で行われた完成記念イベントは熱気に包まれた。同市で毎年行われている「ザよこはまパレード」に、舘ひろしと柴田恭兵がオープンカーで登場、沿道にファンが押し寄せた。その後同市内の映画館で行われた完成披露試写は、アイドルが主演する作品とは客層がガラリと変わり、中高年の男女で満員。舞台あいさつには、シリーズ常連の浅野温子と仲村トオル、新作に出演した土屋太鳳、吉瀬美智子、西野七瀬、原廣利監督も登壇した。舘と柴田が姿を見せると、待ちかねたようにひときわ大きく熱い拍手。根強い人気を見せつけた。

近藤は「ユージもタカも、速く走れなくなったし息も切れる。それでもその年代に応じたかっこよさがある。若い人が見ても、こういう年の取り方をしたいと思うのではないか」。大川も「町中でのドンパチなんかあり得ないけれど、観客は正しさだけを求めているわけじゃない。痛快でストレスを発散させる、〝これぞ映画〟があっていい」。出演者もスタッフも、一緒に時代の空気を吸い、年を重ねてきた。大川が「夢中で書いた。自信と勇気をもらった」と回顧する長寿シリーズ。まだまだ続編も夢じゃない。初日の幕は、5月24日に全国で上がる。

スチール写真はすべて東映提供。

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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  • 「ザよこはまパレード」に参加した「帰ってきたあぶない刑事」の舘ひろし(左)と柴田恭兵
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