「逆転のトライアングル」 Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

「逆転のトライアングル」 Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

2023.2.24

この1本:「逆転のトライアングル」 支配と隷属の黒い戯画

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「フレンチアルプスで起きたこと」「ザ・スクエア 思いやりの聖域」と、人間の欲望と虚飾を辛辣(しんらつ)に描いてきたリューベン・オストルンド監督。社会に遍在する格差を徹底的に風刺したこの喜劇で、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した。

3部構成の映画は、モデルのカップル、ヤヤ(チャールビ・ディーン)とカール(ハリス・ディキンソン)が狂言回し。置かれる状況に応じて2人の関係性は激変し、そこに性や経済、階級などさまざまな社会格差が暴露される。

第1部では高級レストランで食事を終えた2人、どっちが食事代を払うかで口論となる。カールが払うのが当然のように振る舞うヤヤに、カールは「昨日は君が払うと言った」と言い出した。

女性モデルは男性の倍を稼ぐという。どうして男が払うのかと怒るカール、私を養えない男と付き合うのは無駄とうそぶくヤヤ。男女間の力学がモデル業界では逆転し「対等でいたい」というカールの叫びが皮肉に響く。

ここは序の口。第2部で2人はインフルエンサーとして豪華客船の船旅に招待される。客船内では、わがままし放題の富豪の客たち、高額チップ目当てに彼らに隷属する白人船員、船倉にいるアジア系の下働きと、階級が歴然と視覚化される。酒浸りのマルクス主義者の船長が招く大惨事まで、黒い笑いの連続だ。

そして圧巻の第3部。客船が難破して生き残りが無人島に漂着し、サバイバル技術を持っていた下働きのアビゲイル(ドリー・デ・レオン)が女王として君臨する。寵愛(ちょうあい)を受けるカールと、飢えるヤヤ。人間の卑しさがあまりにリアルで、こちらの笑いも引きつり気味だ。人間の本音が身もフタもなくさらけ出され、居心地の悪さも感じてしまう。ひとごととは思えないのだ。2時間27分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

男女の役割について考えさせる「フレンチアルプスで起きたこと」や、多様性への問いを投げかける「ザ・スクエア」など、観客を気まずくさせる作品を撮ってきたオストルンド監督。作風はそのままに、格差社会を描く本作ではシニカルなユーモアが過去の作品よりも先鋭的になっている印象だ。人間のダークサイドを暴くセリフだけでなく、本作では吐瀉(としゃ)シーンやあふれ出すトイレなど強烈な場面が次々と登場し、思わず目を背けたくなったほど。悪趣味スレスレの描写もあるが、限られた空間で最後まで飽きさせずに見せる手腕は見事。(細)

技あり

フレドリック・ウェンツェル撮影監督の手堅い仕事。雨の夜、カールが待つ車に仕事を終えたヤヤが乗り込むと、前夜のレストランでの「どちらが払うか」論争が再燃する。ヤヤとカールを滑らかに往復するカメラの動きがいいが、後景の流れる街の灯と車内の人物明かりが同調して、明るくなったり暗くなったりすることを評価する。論争は2人が泊まるホテルや豪華客船、遭難後の島でも上手な照明つきで蒸し返される。突き詰めれば男性「性」についての論争だ。オストルンド監督は「難しければ難しいほど、引き込まれる」と告白する。(渡)