「ムービング」より © 2023 Disney and its related entities

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2023.9.27

特殊能力、アクション、ロマンス、人間ドラマのかけ合わせが秀逸な韓国ドラマの傑作「ムービング」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

梅山富美子

梅山富美子

韓国史上最大の約70億円という予算が掛けられたというドラマ「ムービング」の最終話が20日にディズニープラスで配信され、超能力を持った3組の親子と彼らを狙う者たちの壮絶な戦いを描く物語が幕を閉じた。アクション、ロマンス、サスペンス、青春モノ、人間ドラマとどの要素も一級品。これまでにない新たな傑作が誕生した。
 
以下、本編の内容に触れています。
 


韓国の人気ウェブトゥーンを実写化

韓国の人気ウェブトゥーン(韓国発祥のウェブ漫画)「Moving-ムービング-」を、ドラマ「キングダム」シーズン2などで知られるパク・インジェ監督が実写化した本作。飛行能力、驚異的なパワーや超人的な回復能力といったさまざまな超能力を持つ者と、彼らを取り巻く人々による壮大なスケールの群像劇が展開する。
 
物語は、とんかつ屋を営む母親と2人暮らしの高校生ボンソクの日常から始まる。しかし、少しおっとりした心やさしい彼の日常は何かが少しずつ〝普通〟と違う。布団はベッドに固定され、学校に行く際には足に尋常じゃない量の重りを付ける。なぜなら彼は体が宙に浮くという超能力があるから。
 
母親にその超能力を隠し通すように言われてきたボンソクだが、美しい転校生のヒスに触れられ、自身をコントロールできず彼女の前で浮遊してしまう。そして、ボンソクの秘密を知ったヒスは、自身も超能力者であることを明かす‥‥‥。
 

超能力を持った3組の親子が超能力を利用しようとする人間に翻弄される群像劇

物語の前半は、丁寧すぎるほどボンソクとヒスのほんの少しだけ〝普通〟とは違う甘酸っぱい青春の日々がゆっくりと描かれる。そして、超能力者たちの命を次々と狙う謎の男フランク、超能力者たちを監視する謎の組織・国家安全企画部の人々の不穏なシーンが差し込まれる。特に、最恐のフランクと超能力者の生死を懸けた戦いは怒濤(どとう)のアクションで見応えたっぷりで、平和な日々とのギャップが強烈に脳裏に焼き付く。
 
第8話からは、ボンソクの両親ドゥシクとミヒョン、ヒスの父親ジュウォン、ボンソクとヒスの同級生で超能力者ガンフンと彼の父親ジェマンの過去へとさかのぼっていく。親世代のストーリーも秀逸で、国を揺るがすような陰謀など物語はスケールアップ。ドゥシクたちは、愛する人との普通の幸せをつかもうとするが、超能力を利用しようとする人間に翻弄(ほんろう)され続ける。
 
エピソードを重ねるにつれ、ボンソク、ヒス、ガンフンの日常が親たちの尊い犠牲の上に成り立ち、どれだけ愛されて育ったのかがひしひしと伝わってくる仕組みとなっている。
 

チョ・インソン、リュ・スンリョン、イ・ジョンハなど人気俳優たちが共演

ボンソクの父親役のドゥシクを演じたのは、韓国の人気俳優チョ・インソン(「大丈夫、愛だ」「その冬、風が吹く」)。諜報(ちょうほう)員としては優秀だが、ミヒョンのことになるととことん不器用なドゥシク役を魅力たっぷりに担った。
 
また、超人的な回復能力を持つジュウォンをリュ・スンリョン(「7番房の奇跡」「キングダム」)が熱演。妻ジヒとの娘ヒスを誰よりも大切にしようと奮闘するジュウォンが声をあげて泣くエレベーターのシーンは抜きんでて素晴らしく、リュ・スンリョンの真骨頂といったところで、涙なしには見ることができない場面だろう。
 
なお、ボンソクを演じたイ・ジョンハ(「それでも僕らは走り続ける」「わかっていても」)は、本作のために30キロ増量。マッチョなヒーロー像とは一線を画した、芯の強さがある新たなヒーローを作り出した。彼の一度見たら忘れられない純朴な笑顔は、大切な人を守りぬくという本作の核となる部分をより引き出したように感じる。
 

話題だったドラマ「VIVANT」のような考察ドラマとしても楽しめる

これ以上ないほどの完成度で最終話までかけ抜ける本作は、全20話あるからこそ、多くの登場人物の背景が深掘りされる。終盤は北朝鮮の気力者(超能力者)たちとの戦いに発展するのだが、気力者たちなりの正義があることも描かれる。
 
敵、味方と一言で片付けられない気力者たちの背景も見せることで、我が子を守りたいミヒョン、ジュウォン、ドゥシク、ジェマンが我が子を守るためなら親は〝怪物〟となり、主人公たち側も誰かの敵になりうる危うさも示している。
 
また、本作は、日常のさりげない会話や親世代の物語に多くの伏線が張られた構成に。考察ドラマとしても楽しむことができ、何度も見返したくなってくる。原作があるとはいえ、少しずつ大胆に伏線を回収していく演出のすごさはパク・インジェ監督の手腕のたまものだろう。
 
多額の予算が掛けられているからと言って必ずしも〝傑作〟が生まれるわけではないが、話題となった堺雅人主演のドラマ「VIVANT」しかり、作り手の熱量、視聴者をひきつける魅力的な物語、説得力のある俳優陣の演技によって映像化できた時にとてつもなく面白い作品ができることを本作は証明している。
 
「ムービング」はディズニープラス スターにて全話独占配信中。

ライター
梅山富美子

梅山富美子

うめやま・ふみこ ライター。1992年生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映像制作会社(プロダクション・マネージャー)を経験。映画情報サイト「シネマトゥデイ」元編集部。映画、海外ドラマ、洋楽(特に80年代)をこよなく愛し、韓ドラは2020年以降どハマり。

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