毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。
2023.1.31
第77回毎日映画コンクール 選考経過と講評 アニメーション部門・ドキュメンタリー部門
第77回毎日映画コンクール・アニメーション部門、ドキュメンタリー部門の2選考経過と講評をまとめた
アニメーション映画賞 「高野交差点」
大藤信郎賞 「犬王」
長編は「犬王」、短編は「高野」「半島」「無法」「鬼」に評価が集まった。「犬王」は「挑戦的で芸術性高い」「映像の完成度見事」との評価の一方「物語が物足りない」との意見も。短編は「半島」に「作家の集大成」、「無法」は「発想が斬新」、「鬼」も「映像が素晴らしい」。「高野」は「シナリオが堅固、人物も魅力的」「映画的」と高評価。投票ではアニメ賞は「犬王」「すずめ」「半島」「高野」各1。「大藤賞」は「半島」2、「無法」「犬王」各1。討議を重ねアニメ賞に「高野」、大藤賞に「犬王」。須川選考委員は体調不良で欠席。
<講評・アニメーション映画賞>ざっと見渡して、今の日本の長編アニメーションには共通して脚本的な弱点が広がっているように見受けられる。主要登場人物に重く葛藤させることを避ける傾向があるようなのだ。それゆえ、それがどんな魂を持った人物だったのか、見た後に心に残りにくい。「高野交差点」は、一見そこに葛藤などないように描くことで、観客の深い部分に心のわだかまりを沈潜させる。そして、たった一つの動作だけで鮮やかに反転させ、すべてを表して見せる。映画的である。この作品は短編ではあるが、ひとつの指標となり得る価値を十分に持っている。(片渕須直)
<講評・大藤信郎賞>祭りはひとりではできない。あの日あの場所に皆で居合わせ、共に体感し歓喜する。なぜならさまざまな生を持つ者たちが共に創るから。「犬王」は琵琶法師の語るモノガタリ「平家物語」を、最新の映像という表現で個性豊かな専門家たちが実現した。彼らのことばと音と絵のコラボレーションは、ジャズのようにラップのようにブレイクダンスのようにオペラのようにそしてミュージカルのように、その場に存在する観客をも巻き込む。ストーリー展開と演出はアニメーター出身で動きにこだわる湯浅監督だからこそ生まれた。令和の友有座のエンターテインメントに感動し、アニメーションのアバンギャルド性こそ大藤信郎賞にふさわしいと選考委員全員一致で決定した。(陣内利博)
◇他の候補作品
「うまとび」「鬼、布と塩」「蟹眼」「機動戦士ガンダムククルス・ドアンの島」「グッバイ、ドン・グリーズ!」「サカナ島胃袋三腸目」「Sampai jumpa lagi」「すずめの戸締まり」「駐車場でアメを食べたね」「猫パラレル」「半島の鳥」「MARE」「ミニミニポッケの大きな庭で」「無法の愛」「REMれむ−The waves of endless dreams」「わたしのトーチカ」「ONE PIECE FILM RED」
ドキュメンタリー映画賞 「スープとイデオロギー」
「スープとイデオロギー」©PLACE TO BE, Yang Yonghi.
傾向や作り方の違う作品が並んだ。委員の多くが挙げたのは受賞作と「原発をとめた裁判官」。「スープ」に「在日コリアンのアイデンティーが在日の現在と朝鮮半島の歴史につながる。ドラマ的にも優れている」と高い評価。「原発」は「今見せるべき作品。原発の技術的な解説と農業とをつなげた構成が優れている」。他に「教育と愛国」も、「権力が教育に介入する恐ろしさ」、「牛久」は「強い問題意識がある」など。投票でスープ4、原発1。
<講評>「ヤン一家ドキュメンタリー3部作の完結編」と銘打ったヤンヨンヒ監督「スープとイデオロギー」は、「ディア・ピョンヤン」以来の「個人の記憶と大きな歴史の間を行き来する過程」(ヤン監督)を独自の作法として踏襲する一方、過去作の余波で北朝鮮に入国できず親族の姿をじかに撮れなくなったハンディのなか、写真・手紙・アニメといった別種のメディアを動員・補強して抜群の効果を生み出している。その上で、アルツハイマーが進む母親がかつて体験した済州島の虐殺の記憶が前景化し薄れていく主筋が展開し、結婚間近の監督ら次世代が母から継承するサムゲタンスープの味と香りも届きそうな勢いで、まさに五感を刺激するスケールの大きなドキュメンタリーとなっている。(石坂健治)
◇他の候補作品
「牛久」「北のともしびノイエンガンメ強制収容所とブレンフーザー・ダムの子どもたち」「教育と愛国」「原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち」「人生ドライブ」「たまねこ、たまびと」