撮影した素材をその場で編集する、筆者の友人の編集マン、キム・マングン

撮影した素材をその場で編集する、筆者の友人の編集マン、キム・マングン

2022.6.21

映像の「見栄え」追求に手間と人惜しまず 日本人助監督が撮影現場で見た、韓国映画が世界を制した理由

映画でも配信でも、魅力的な作品を次々と送り出す韓国。これから公開、あるいは配信中の映画、シリーズの見どころ、注目の俳優を紹介。強力作品を生み出す製作現場の裏話も、現地からお伝えします。熱心なファンはもちろん、これから見るという方に、ひとシネマが最新情報をお届けします。

藤本信介

藤本信介

 
日韓の映画撮影現場で働く藤本信介さんの韓国映画界ルポ第2弾。「見栄え」のする映像のために、どんな工夫がされているか。20年で大きく様変わりした韓国映画界の、ハリウッドとも日本とも違う独自の仕掛けを明かします。

第75回カンヌ国際映画祭で授賞式に臨む「別れる決心」のパク・チャヌク監督(左)と主演のパク・ヘイル=ロイター
第75回カンヌ国際映画祭で授賞式に臨む「別れる決心」のパク・チャヌク監督(左)と主演のパク・ヘイル=ロイター
 

「奇跡のバトン」カンヌでつないだ2作品

5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督が韓国映画に初挑戦した「ベイビー・ブローカー」の主演ソン・ガンホが男優賞を受賞し、「別れる決心」のパク・チャヌク監督が監督賞を見事に受賞した。私もカンヌに行き授賞式に参加したのだが、「ソン・ガン・ホ!」という声が会場に響き渡った瞬間、全く予想していなかったため頭の中が真っ白になってしまった。続けて「パク・チャ・ヌク!」と呼ばれた時は、感極まってしまった。韓国映画がコンペ部門に2作品同時に出品されるだけでも奇跡だと言えるのに、共に受賞するとは誰が想像しただろうか。
 
2020年「パラサイト 半地下の家族」の米アカデミー賞作品賞、21年、ユン・ヨジョンの同助演女優賞、Netflixの配信ドラマ「イカゲーム」の世界的なブームとつながった韓国映画の奇跡のバトンを、「ベイビー・ブローカー」と「別れる決心」は見事に受け継いでみせた。
 

第75回カンヌ国際映画祭に参加した筆者

日韓の現場を知る助監督が明かす、世界レベルの作品を生む秘密
 

絵コンテ徹底 現場編集 日本と違う撮影風景

韓国映画、韓国ドラマ、配信系ドラマなどは、それぞれに製作環境などに違いがあるため、私が主に働いている韓国映画の現場を中心に話を進める。
 
韓国映画の一番の魅力は「見栄え」のする映像だ。度肝を抜くスケール感、派手でスピーディーなカット割りとダイナミックなカメラワーク、そして、深みのある映像美などが観客をエンディングまで連れて行く。
 
数年前にある現場のスタッフが「今回の映画はストーリー的には真新しさはないが、撮影技術や撮影場所にスケールを持たせることで新しい映画として誕生させることができる。それこそが今の韓国映画の力になっている」と熱く語っていたのを今でも鮮明に覚えている。映画で一番重要なのはストーリーであることには昔も今も変わりはないが、視覚的なクオリティーも同様に重要になってきた。ドラマチックな視覚的映像があってこそ、最後まで飽きずに見続けてもらえる。それはインパクトある短いコンテンツにあふれる現代においては特に重要な要素だと言える。

藤本信介さんが参加した「キングメーカー 大統領を作った男」の絵コンテ
「キングメーカー 大統領を作った男」の絵コンテ

スタッフ、キャストでイメージ共有

韓国映画の撮影は準備期間中にほぼ全てのシーンの絵コンテを準備し、それをベースにして撮影を進めるのが一般的だ。監督、撮影監督、絵コンテ作家がアイデアを出して作業するのだが、現場で瞬時には生まれないダイナミックなカットなどを事前に準備するため、映像に多様性が生まれる。「パラサイト」のポン・ジュノ監督のように絵コンテを完璧に準備し、その通りに撮影する作品もあるが、多くの作品は現場の状況やキャストの演技に合わせて修正しながら撮影する。
 
スタッフたちは絵コンテを通して監督が何をどのように表現したいのかをシーンごとに細部まで把握し、それに合わせて完璧に準備することができる。またカット数によってどれくらいの撮影時間を要するのかを予想できるので、より正確で無理のないスケジュールが組める。ちなみに、私が05年に撮影に参加した映画「美しき野獣」も絵コンテをほぼ全シーン準備して撮影に挑んだのを覚えている。知り合いの絵コンテ作家に聞いてみたところ、00年初頭から絵コンテ作業が増え、05年当時はメジャー映画ならば必ず絵コンテがあったという。 
藤本信介さんが参加した「キングメーカー 大統領を作った男」の絵コンテ

2台のカメラで豊富な編集素材

以前の撮影はカメラ1台で進め、規模の大きなシーンを撮影する場合のみ追加でカメラを準備するのが一般的だった。しかし、最近の韓国映画の現場には常時2台のカメラがあるため、いつでも同時に回すことが可能だ。例えば同じ演技を顔のアップとバストサイズの2パターンを撮影することにより、編集作業時に選べる素材が豊富になるため、より優れた場面を完成させることができる。
 
カメラが2台体制になったきっかけは1日12時間、週52時間という労働条件整備に伴う撮影時間の制限とも関係がある。三脚に乗せて撮影する基本モードから手持ちカメラのモードへセッティングを変えたり、ジンバルなどの特殊機材やクレーン撮影にセッティング変更したりするにはそれなりの時間を要するが、カメラが2台あれば、撮影とセッティングを同時に進めることができるため、より撮影に時間を費やすことが可能になる。
 

リアルタイムで場面確認

ハリウッドにはいない役割のスタッフが韓国映画の現場にいる。現場編集さんだ。「トランスフォーマー」シリーズにも出演した女優のミーガン・フォックスが韓国映画の撮影に参加した時「初めて見る現場編集は革新的だった」と公開前のインタビューで答えている。現場編集の役割は現場で撮った映像をその場でリアルタイムでパソコンに取り込んで編集することだ。カットとカットのつながりやサイズ感に問題はないのか、絵コンテ以外に撮っておいた方がいいカットはないかということなどを編集という立場で監督に提案する。
 
シーン全体を通して、演技や画面のサイズ感や雰囲気、そしてカットごとのアクションのつながりなども確認できるので、必要なカットが撮れているのか、正確に確認しながら撮影を進めることができる。カメラの台数が増え、撮影するカット数が増えたため、その場で編集して確認しなければ判断できない部分が昔よりも増えている。ちなみに、韓国映画で現場編集が初めて登場したのは韓国で01年に公開した「友へ チング」だと言われている。
 
現場編集さんのおかげで数えきれないカットとテークを撮影しても、確認したい映像をすぐに見ることができる。監督と撮影監督をはじめとするスタッフはカメラワークなどの修正に役立てられる。また演技に関しても監督とキャストが一緒に確認しながら、より具体的な指示を出せる。キャストは監督が望むものをより細かく理解し、次の演技に生かすことができる。  

役者のセルフプロデュースが質につながる

韓国人キャストのほとんどが積極的に確認作業を行おうとする。監督の演出を細かく理解する以外にも、観客の目に映る自分の演技を客観的に判断することができる。自分が表現したい演技はカメラ越しの映像になった時、どう映っているのか。どうすればさらにこの感情を観客に伝えることができるのか。キャスト自らが行うセルフプロデュース力が映画のクオリティーにつながっていると個人的に思う。
 
繰り返される確認作業にはデメリットもある。時間がかかることだ。時間がない現場では確認作業よりも多くのカットを撮影したほうがいいのではないかとも思える。しかし、よりクオリティーの高い演技と映像を確保するには、この作業が重要であることを誰もが知っているため、韓国映画は昔からその時間を惜しまずに費やしてきた。
 
 

スタッフ数は15年で1.5倍

魅力的な映像を撮るための撮影現場を支えるスタッフの人数は以前に比べると大幅に増えている。労働条件の改善による撮影時間の制限(1日12時間、週52時間)に対処するため、短時間に確実に撮影をこなすには人数でカバーするしかなかったからだ。
 
作品の規模や内容、ジャンルによってスタッフの人数はバラバラなので、正確な人数の変化を調べることは難しいが、何人かの映画人に聞いてみたところ、キャストを含めた人数として答えが返ってきた。それを元にすると、15年前は40〜50人だった現場の人数は、今は70〜80人だ。キャストの数が多くなると、100人を超えることもよくある。スタッフの人数が増えた分、それぞれが担う役割は細分化され、仕事の効率が向上した。
 
聞こえやすいセリフも韓国映画の特徴であり魅力の一つであると思う。韓国では日本映画に比べると現場で録音したセリフではなく、アフレコ(スタジオで口の動きに合わせて録音する作業)を使う割合がかなり高い。アフレコを苦手とし、現場の演技が一番だと考えるキャストもいると思うが、ある役者さんの言葉を借りると、アフレコ作業は「撮影時間に余裕がなかったり、コンディションが悪かったり、さまざまな理由で満足できなかった現場の演技を修正したりと、現場以上のクオリティーを作り出すチャンス」だ。
 

第75回カンヌ国際映画祭で、他の受賞者と並ぶパク・チャヌク(左端)とソン・ガンホ(右から2人目)=ロイター

セリフをしっかり届ける

また音楽や効果音などに比べるとセリフの音量は比較的大きめで観客の耳にしっかり届くバランスになっている。映像コンテンツを視聴する環境の多様化によって、セリフがよりよく耳に届くことは映画を理解するのに大きく役立っているのではないだろうか。
 
冒頭でも述べた韓国コンテンツの奇跡のバトンを受け取った「ベイビー・ブローカー」と「別れる決心」は公開後、世界中の映画ファンにどのように届くのだろうか。コロナの脅威がようやく落ち着きを見せ始めた今、これから劇場公開される韓国映画や、これからクランクインする韓国映画のラインアップを見ると観客の度肝を抜く作品が数多くあり興奮してしまう。韓国映画のこれからの奇跡と共に、この勢いが日本映画界ともつながり、より世界にアピールできるアジア映画が誕生することも心から願いたい。

絵コンテは「キングメーカー 大統領を作った男」=SEE AT FILM CO., LTD提供、絵コンテ作家・パク・ソンイ。
映画は日本では8月12日公開。

ライター
藤本信介

藤本信介

ふじもと・しんすけ 1979年生まれ。金沢市出身。大学在学中の2001年に韓国の国民大学で1年間の留学生活を送る。韓国人と韓国映画に魅了され03年、韓国映画に関わりたい一心で再び渡韓。韓国を拠点に助監督や通訳スタッフとして映画製作に関わる。22年5月13日公開の李相日監督の「流浪の月」に通訳スタッフ、同6月24日公開の是枝裕和監督「ベイビー・ブローカー」に助監督で参加。その他の参加した作品に「お嬢さん」「アイアムアヒーロー」「美しき野獣」「悲夢」「蝶の眠り」「アジアの天使」などがある。