韓国で撮影された「アジアの天使」の現場で=2020年2月、ソウル・サガジョン 駅近辺。左端は石井裕也監督

韓国で撮影された「アジアの天使」の現場で=2020年2月、ソウル・サガジョン 駅近辺。左端は石井裕也監督

2022.5.05

先取り! 深掘り! 推しの韓流:日韓の現場知る助監督が明かす、世界レベルの作品を生む秘密

映画でも配信でも、魅力的な作品を次々と送り出す韓国。これから公開、あるいは配信中の映画、シリーズの見どころ、注目の俳優を紹介。強力作品を生み出す製作現場の裏話も、現地からお伝えします。熱心なファンはもちろん、これから見るという方に、ひとシネマが最新情報をお届けします。

藤本信介

藤本信介

韓国映画製作現場ルポ 「タダ働き当たり前」から「月20万円」へ


次々と力強い作品を送り出す韓国映画界。政府が映画界を後押しして海外に市場を拡大し、製作現場の環境改善も推し進めてきた。作品は大型化し、日本をはじめ世界でヒット作が生まれている。ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」は、カンヌ国際映画祭でパルムドール、米アカデミー賞作品賞と、作品の評価でも頂点を極めた。韓国映画界の躍進の秘密はどこにあるのか。20年にわたり韓国と日本の製作現場で助監督を務めてきた藤本信介さんに、現場から報告してもらった。

先取り! 深掘り!推しの韓流  
とうとう来た新スター ク・ギョファンが担う韓国映画の未来
新作映画①「手紙と線路と小さな奇跡」80年代の時代再現し、あふれる幸福感
新作映画②「モガディシュ 脱出までの14日間」 〝敵〟同士が手を組む奇跡を描くエンタメ大作
新作映画③「イントロダクション」「あなたの顔の前に」ホン・サンスの新境地によもやの涙
新作映画④「三姉妹」 脚本にほれ込んだムン・ソリの究極演技
インタビュー「三姉妹」イ・スンウォン監督 チャン・ユンジュの新しい顔
配信ドラマ①「二十五、二十一」 沼落ち納得 困難の中の美しい絆
配信ドラマ②「バッド・アンド・クレイジー」 ハイテンションで豪華サービス 脱帽するしかない


「パラサイト」、オスカー女優ユン・ヨジュン、「イカゲーム」の大ブーム

2020年のアカデミー賞で「パラサイト 半地下の家族」が作品賞を受賞した時、私はこれ以上の奇跡はない!と興奮し震えたのを覚えている。個人的にも好きな素晴らしい作品だと思うが、さまざまなタイミングが運よく重なりあったから受賞したのだろうと、心のどこかでは感じていた。
 
しかしその後、21年に韓国の女優ユン・ヨジョンさんがアカデミー賞の助演女優賞を受賞し、Netflixドラマの「イカゲーム」が世界的な大ブームを引き起こしたのを見ると、運やタイミングでは片付けることができず、韓国映像コンテンツは本当に世界に通じるレベルになったと実感するようになった。
 
そんな韓国映像コンテンツを支える撮影現場のスタッフの労働環境は大きく変化してきた。今回は私が働く韓国映画の労働環境を紹介しよう。
 
まずは労働時間について。以前は撮影時間の上限はなく24時間を超えることも普通で、過酷な労働環境だったが、現在は1日の労働時間は12時間と決められている。食事時間は除外されるので、食事2時間(昼食と夕食)+撮影12時間=14時間。集合時間から14時間後までに撮影を終わらせる必要がある。


「アジアの天使」撮影現場=20年2月、ソウル・サガジョン 駅近辺。右端は石井裕也監督
 

1日12時間、週52時間労働の厳守

12時間を超える場合は、スタッフの同意の上で続けることはできるが、製作会社は追加のギャラを支払う必要がある。ちなみに私が1日12時間労働を初めて体験したのは、15年に撮影したパク・チャヌク監督の「お嬢さん」であった。
 
週の労働時間も52時間までと定められている。そのため週に撮影できる日数は4.5~5日。一方で、撮影以外の労働、例えば撮影後のバラシ(セットなどの解体)作業、次の日の撮影準備、撮影のない日の準備作業などに関しては、部署ごとに時間が異なるため、暗黙の了解として目をつぶられているのが現状だ。大掛かりなスタジオ撮影で照明のバラシ作業に時間がかかる場合は、別途スタッフを雇い労働時間を守ることもある。
 
撮影中は「主休日」という休日が存在する。スケジュールは撮影中に何度も変更されるが、毎週同じ曜日を休日にするというシステムである。これがあれば、スタッフは事前に予定を立てやすくなる。例えば主休日が平日なら、病院などの予約ができる。もし俳優さんのスケジュールや撮影場所の条件などによって、主休日を別の曜日に変更する場合は、少なくとも1週間前にスタッフの許可をとることになっている。
 
こうした改善のおかげで撮影のない日が増え、プライベートな時間の確保が可能になった。昨年の撮影中、20代のスタッフに「昨日は何をして過ごしたの?」と聞いたところ、「サーフィン!!」という答えが返ってきて衝撃を受けた。うれしい衝撃だ。以前は撮影期間中に仕事以外のことを考えるなんて想像すらできなかったが、今では少しだとしても余暇時間を確保しながら撮影に臨めるようになった。
 

労働組合が要求し続けた成果

こうした変化は、映画業界の労働組合が、スタッフの賃金上昇や保険加入などを要求し続けた結果だと思う。10年ほど前、最低賃金が厳守されるようになったり、時給計算してギャラを払うという方法が登場したりと、試行錯誤を繰り返していった。
 
大きく変わったのは15年。映画会社は「標準勤労契約書」を交わすことを義務づけられた。「お嬢さん」でパク・チャヌク監督は、率先して守ったのだろう。この契約書には、労働時間が1日12時間を超えたら追加のギャラを支払うという項目もあったが、当時はまだ週52時間労働厳守ではなかった。その後全国的に、週52時間労働を守ろうという働き方改革が行われた。従業員数百人規模の大企業から実施され、19年ごろには映画業界も完全に適用されるようになった。
 
労働時間に比例してギャラも減少する?と考える人もいると思うが、スタッフのギャラは逆に上昇している。韓国ではかつて、映画スタッフのギャラはかなりの低賃金で、テレビのドキュメンタリー番組で問題提起されるほどだった。10年前までは現場の若いスタッフで、結婚している人はほとんどいなかった。結婚するなら映画を辞める覚悟が必要だ、という話もよく出ていたのを覚えている。
 
当時はギャラがもらえなくても映画の仕事がやりたい!という若者はたくさんいたので、ギャラが少ないどころか、タダ飯は食えるけどほぼノーギャラで数カ月働かされるというのも普通だった。
 

情熱搾取、今は昔

私にも経験がある。映画を夢見て韓国にやって来た1年目(03年)に、ある映画会社で6カ月も働いたが、結局ギャラは1銭ももらえなかった。準備にも撮影にも十分な時間をかけて、クオリティーの高い映像を生み出せたのは、人件費が極端に安かったからだと個人的には思う。
 
ギャラの変化の一例を紹介すると、私が04年に制作部として初めてもらったギャラは月25万ウォン(2万5000円程度)だった。それが最近では、メジャー映画の制作部で経験が全くない新人でも、準備期間中は月200万ウォン程度、撮影中は200万ウォン台半ばから後半くらいだという。
 
制作部はどの部署よりも労働時間が長く、1日12時間、週52時間を守るのは不可能であることも考慮して設定されているようだ。映画スタッフも生活が可能なギャラを確保できる時代になったため、若くして結婚する人が増えているのはうれしいことだ。
 
食事時間も、どんなに忙しくても短縮されることはなく、しっかり1時間取るようになった。韓国ではロケ弁が出されることはめったになく、近くの食堂で食べたり、ケータリングが用意されたりすることが一般的だ。ケータリングといっても調理したものを持って来て温めるわけではなく、現場で一から作ってくれるため、出来立てホヤホヤの温かいご飯を食べられる。
 

「アジアの天使」のスタジオ撮影=20年2月、韓国・南楊州市

作りたての温かいご飯をゆっくり食べて活力回復

余裕を持って温かいご飯を食べ放題できる環境は、人間のパフォーマンス向上のために基本的かつ一番重要な要素ではないだろうか。また、スタッフ間やキャスト同士で十分なコミュニケーションをとる時間としても、大事な役割を果たしている。
 
夜食も以前は急いで食べて撮影を再開するのが当たり前だったが、今では1時間確保し、疲れた体を休めるのに役立っている。夜食くらい早く食べて、早く撮影を終わらせて帰りたいと思うこともあるが、照明部など機材のバラシ作業があるスタッフにとっては、撮影終了イコール今日の仕事終了ではない。夜食の1時間は重要なのだ。
 
精神的に安心して参加できる環境作りも積極的に行われている。クランクイン前に全スタッフ参加の下、パワハラやセクハラなどの防止講習会が必ず開催される。最近はコロナの影響によりオンラインでの講習会が一般的のようだ。
 
一方で、1日の撮影時間が短くなりギャラもアップしたため、作品の製作費が一気に上昇したのも事実だ。以前は一般的な韓国映画の予算は30億ウォンと言われていたが、今では70億〜100億ウォン程度という。予算が急激に上昇して苦しいという製作会社の声はよく聞こえてくるが、製作費が減少することはなかった。
 

製作費急増も、より見栄えのする映画でヒット狙う

100億ウォンは当たり前、200億ウォンの作品も数多い。300億ウォンを超える予算の作品も製作され続けている。製作費をしっかりかけることで視覚的にも見栄えのある映像となり、ヒットにつながってきた。そのためさらに製作費をかけて、さらに見栄えのする映画を製作する流れは加速している。
 
疲れきった肉体状態で耐えるのが当たり前だった撮影現場が、今では人間らしい生活を維持しながら撮影を楽しめる環境になり、スタッフの笑顔が格段に増えた。肉体面と精神面の余裕が仕事の効率と柔軟なアイデアにつながり、クオリティー面にもいい影響を与えていると言える。
 
韓国の映画業界がこんなに変われたのは、韓国が、十分な説明なしにいきなり大きく決まりを変えられる国だからだと思う。普通なら、スタッフのギャラを時給カウントして払えと突然言われても、製作会社はどうすればいいんですか?となるだろうし、12時間労働を守るにも、追加のギャラは誰が出すのかとなるだろう。しかしいきなり変わるからこそ、解決法を考えるしかなくなる。毎回、大パニックになり文句が噴出するが、それでも変われる。面白いし、魅力的だと思う。
 
5月17日から開催される第75回カンヌ国際映画祭のコンペ部門に、韓国映画が2本同時に出品されるという快挙を成し遂げた。是枝裕和監督が初めて韓国映画として撮った「ベイビー・ブローカー」と、パク・チャヌク監督の6年ぶりの新作「別れる決心」だ。私は「ベイビー・ブローカー」に助監督で参加し、映画「お嬢さん」でパク・チャヌクの助監督を務めたので、今回のカンヌ映画祭が今まで以上に楽しみだ。
 
映画「パラサイト 半地下の家族」、女優ユン・ヨジョン、ドラマ「イカゲーム」の韓国映像コンテンツの奇跡を、今年は「ベイビー・ブローカー」と「別れる決心」が引き継ぐことを心から願いたい。

ライター
藤本信介

藤本信介

ふじもと・しんすけ 1979年生まれ。金沢市出身。大学在学中の2001年に韓国の国民大学で1年間の留学生活を送る。韓国人と韓国映画に魅了され03年、韓国映画に関わりたい一心で再び渡韓。韓国を拠点に助監督や通訳スタッフとして映画製作に関わる。22年5月13日公開の李相日監督の「流浪の月」に通訳スタッフ、同6月24日公開の是枝裕和監督「ベイビー・ブローカー」に助監督で参加。その他の参加した作品に「お嬢さん」「アイアムアヒーロー」「美しき野獣」「悲夢」「蝶の眠り」「アジアの天使」などがある。 

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