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2022.5.08
オンラインの森:「クライム・ゲーム」 映画に見切り? ソダーバーグの止まらぬ進撃
配信、ケーブルで続々新作
スティーヴン・ソダーバーグが、ネット配信の世界で水を得た魚のように働きまくっている。ソダーバーグといえば、デビュー作「セックスと噓(うそ)とビデオテープ」(1989年)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞(26歳での受賞は史上最年少記録)。90年代には低迷したが、軽妙な犯罪コメディー「アウト・オブ・サイト」(98年)を機に復活。麻薬ビジネスを俯瞰(ふかん)した群像劇「トラフィック」(2000年)ではアカデミー監督賞に輝き、オールスター映画「オーシャンズ11」(01年)に始まるシリーズは世界的な大ヒットとなった。
しかし、ジャンルを再構築する実験的な手法とワーカホリックな性格がリスクを嫌う大手スタジオと合わず、映画監督業からの引退を宣言したこともある。やりたい企画が通らないのであれば従来の映画興行にしがみつく必要はないと、活躍の場をケーブルテレビやネット配信に移したのは当然の結果だっただろう。
実際、ソダーバーグは常に新しいテクノロジーに興味を示し、ネット配信が一般化するはるか以前から、配給会社を介することなく、オンラインで映画館に直接作品を送って公開する方法を模索していた。ソダーバーグの姿勢は一貫している。売れる映画を求めるスタジオから余計な横やりを入れられることなく、自分が見せたい映画を直接観客に届けたい。そしてネット配信の躍進は、彼のそんな志向とみごとに合致していたのだ。
表現の可能性広げる実験精神
ソダーバーグは19年に、Netflixで「ハイ・フライング・バード 目指せバスケの頂点」と「ザ・ランドロマット パナマ文書流出」という2本の映画を発表している。前者はプロバスケットボールの舞台裏に迫る内幕物で、全編をiPhoneで撮影。後者はパナマ文書で明らかになったタックスヘイブンの実体を、メタフィクショナルなブラックコメディーとして描いたもの。いずれも果敢な実験精神が発揮されており、大きな興行収入は見込めなくても、映画表現の可能性を広げようとする野心と刺激に満ちていた。
20年の「レット・ゼム・オール・トーク」は、アメリカではHBO Maxで配信され、日本ではデジタル配信のみで見ることができる。主演はメリル・ストリープ、キャンディス・バーゲン、ダイアン・ウィーストという大女優3人。大学時代の親友トリオが再会し、豪華客船で大西洋を横断するミステリー仕立ての心理劇だが、ソダーバーグは実際のクルーズ旅行にまぎれるように本作をゲリラ的に撮影。乗客の中には映画の撮影だと気づかなかった人も多かったという。いずれの企画も、自ら立案し、監督と撮影と編集を兼ねるソダーバーグのフットワークの軽さと実行力、そしてネット配信という発表の場があってこそ実現したと言えるだろう。
そして現在、日本で見られるソダーバーグの最新作が「クライム・ゲーム」(21年)だ。主演はソダーバーグ作品ではおなじみのドン・チードルとベニチオ・デル・トロ。マット・デイモンやブレンダン・フレイザー、ジョン・ハムらが脇を固める豪華キャストのフィルムノワールである。
50年代ノワールで現代を風刺
舞台は50年代のデトロイト。お互いに面識のないギャングたちがある依頼を受けて一堂に会し、重要書類をめぐって奪い合い、だまし合う様を、ソダーバーグが心憎いほどスタイリッシュでレトロなテイストで映し出す。わざわざ50年代の古いアナモルフィックレンズを使って当時のワイドスクリーンのゆがみを強調したこだわりも、いかにも趣味性の高いソダーバーグらしい。
とはいえ「クライム・ゲーム」は、古色蒼然(そうぜん)とした50年代の雰囲気やフィルムノワールのイメージを再現するだけの懐古的な作品ではない。裏社会に生きるアクの強い面々のハードボイルドな物語を追いかけていると、非常に現代的な、表の世界を牛耳る大企業が持つ権力性に矛先を向けた作品であることがわかってくるのである。趣味性と社会性を鮮やかに交差させる手腕はソダーバーグの独壇場であり、毎度ながら映画への愛情と突き放した批評性が両立していることに底冷えするようなすごみを感じる。
「クライム・ゲーム」もHBO Maxの配信作品だが、日本ではレンタルDVDが先行リリースされた後にデジタル配信されるという変則的な形で発表された。そしてソダーバーグはまた新作を完成させており、ヒチコック風スリラーの「KIMI/サイバー・トラップ」が6月3日にDVDリリースされるので、これも遅れてデジタル配信されるはずだ。また現在は「マジック・マイク」の3作目を撮影中で、来年には新作ドラマシリーズが控えている。来年で還暦を迎えるソダーバーグだが、やりたい放題のエネルギーはまだまだ衰える様子がない。
「クライム・ゲーム」はU-NEXTで配信中。