国境の夜想曲  ©︎ 21 UNO FILM / STEMAL ENTERTAINMENT / LES FILMS D’ICI / ARTE FRANCE CINÉMA / Notturno NATION FILMS GмвH / MIZZI STOCK ENTERTAINMENT GвR

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2022.2.17

この1本:国境の夜想曲 戦禍を生きる声なき声

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)。

ジャンフランコ・ロージ監督が3年以上をかけて、イラクやシリア、レバノン、クルド人居住地域など中東で撮影したドキュメンタリー。20世紀に国境が引き直され、現在も紛争が続く地域だ。ロージ監督は紛争そのものを映すことなく、説明も加えず、そこにある人間の営みを淡々と記録する。しかしその映像の連なりから、豊かで深い声が聞こえてくるのである。

廃虚を歩き回り拷問で殺された息子の死を嘆く母親、草原で歩哨に立つ女性兵士、精神科病棟で紛争と混乱の歴史が題材の演劇を稽古(けいこ)する患者たち。川で釣りをし、広野で狩りをする少年。施設に集められた子供たちがイスラム過激派組織(ISIS)による弾圧への恐怖を語り、凄惨(せいさん)な拷問の様子を描いた絵を説明する。

それぞれの映像は、静かで断片的だ。字幕もナレーションもなく、前後の文脈も示されないから、そこがどこなのか、人々がどこに属するのか、判断する材料は極端に限られている。そしてしばしば映像は、息をのむほど美しい。平野と広い空が地平線で接し、その中にポツンと人がたたずむ光景など詩情が漂い、哲学的ですらある。

しかしロージ監督の視点を通して切り取られ編集された映像からは、映っている人々や土地が、歴史の中で翻弄(ほんろう)され、現在もISISの脅威と恐怖にさらされていることがヒシヒシと伝わってくる。目にしている静かな光景が、巨大で激しい物語の一部であると感じられるのだ。
ロージ監督は「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」でも日常の光景を淡々と映しながら、その背景と意味を考えさせた。声高に語らず、大上段の構えがなくても、世界を洞察するのである。1時間44分。東京・Bunkamuraル・シネマ、大阪・テアトル梅田ほかで公開中。(勝)

ここに注目

戦闘の最前線を描かず、説明的なナレーションもない。だからこそスクリーンに集中し、傷を負った人々の声なき声に耳を澄ませることになる。静かな作品だが、戦争で息子を失った母の嘆きやISISに襲われた子供たちが語る記憶はあまりにひどく、胸がえぐられる。監督は「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」と同じくささやかな営みに尊さを見いだし、絶望ではなく希望に目を向ける。それは理解できるが、悲惨な現実とのギャップに心が追いつかず、絵画を見るがごとく鑑賞することに罪悪感のようなものを抱く瞬間もあった。(細)

技あり

ロージ監督は小型カメラ「アレクサミニ」を使い、広角レンズの静止画で撮る。夜明けのグラウンドを走る青年たちに続いて表題、その後のカットは画面の大部分が空で、下に野原。続いて人けのない建物。暗い回廊をベールの女性たちが通りすぎ、空舞台(からぶたい)を残す。女性たちは階段を下り、がらんとしたホールを歩き回る。次の狭い部屋で、1人が「可哀そうな息子よ」と嘆じ始め、虐殺された青年たちの母親や妻だと分かる。犠牲者の写真や女性のバストアップも広角レンズ。悲惨な話も頑固に静止画だ。リアリズム志向ではないのだ。(渡)