「スパイダーヘッド」 Netflixで独占配信中

「スパイダーヘッド」 Netflixで独占配信中

2022.7.21

「トップガン マーヴェリック」監督の新作が早くも登場! 「スパイダーヘッド」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

高橋諭治

高橋諭治

 日本を含む世界中で爆発的な大ヒットを記録している「トップガン マーヴェリック」(2022年)。トム・クルーズの輝かしいキャリアにおいても最大級の成功を収めたこの映画では、革新的なスカイアクションなどを演出したジョセフ・コシンスキー監督の手腕にも注目が集まっている。すでに次なる新作として、F1の世界を描くブラッド・ピット主演作「Formula One」が決定しており、今後もハリウッドでの活躍が見込まれている。


「ルースター」と「ソー」が共演!

しかしコシンスキー監督にとって「Formula One」は、「トップガン マーヴェリック」の〝次回作〟ではない。「トップガン マーヴェリック」は当初19年のサマーシーズンに封切られる予定だったが、コロナ禍でたびたび公開延期されたことは周知の通り。コシンスキーはその間にオーストラリアのゴールドコーストを訪れ、Netflixオリジナル映画を撮り上げていたのだ。それが今回紹介する「スパイダーヘッド」である。しかも主演はマーベルシリーズのソーでおなじみ、クリス・へムズワースで、「トップガン マーヴェリック」の〝ルースター〟ことマイルズ・テラーが共演なのだから、中身を確かめずにいられない。
物語の舞台となるのは、とある美しい島の一角からせり出すようにして建造されたスパイダーヘッド刑務所。ここには全米各地の刑務所から集められた囚人たちが収容され、所内の全権を握る科学者スティーブ・アブネスティ(ヘムズワース)による新薬の治験プロジェクトが行われている。減刑と引き換えに被験者となった囚人たちには個室が与えられ、広々とした共有スペースでは仲間との交流や食事、ゲームなどを自由に楽しむことができる。ところがスティーブが囚人のひとり、ジェフ(テラー)に目をつけ、過激な実験をエスカレートさせたことから刑務所内の秩序が揺らぎ出す。


派手なアクションと思いきや異色の刑務所スリラー

まず記しておきたいのは、本作は多くのNetflixユーザーがスタッフ&キャストの顔ぶれから期待するであろう派手なアクション映画ではないことだ。全編の大半が外界と隔てられた刑務所内で進行する密室ドラマであり、マインドコントロールを題材にしたメディカルスリラーでもある。映画史上にはスタンフォード監獄実験、ミルグラム実験、MKウルトラ計画といった実際のいわく付きの人体実験を扱ったサイコロジカルなスリラーがいくつか作られているが、純然たるフィクションである本作もそれらと同じカテゴリーと言っていい。ジュリア・ロバーツが主演したAmazonオリジナルのドラマシリーズ「ホームカミング」にも似たテイストだ。
「世界をよりよく変えるため」と称して画期的な新薬の研究にいそしむ主人公スティーブは、常に笑みを浮かべ、被験者の囚人たちに気さくに接するナイスガイ。しかしそれは表向きの顔で、いささかナルシスティックで自信過剰気味のこの男は、自らの野望をかなえるためならモラルを踏み外すこともいとわない冷酷な一面を隠し持っている。マーベルのスーパーヒーロー俳優として絶大な人気を誇るヘムズワースが、そんな〝チャーミングな悪役〟というべきキャラクターに扮(ふん)して新境地を披露する。


新薬実験に隠された陰謀 壊れた人生の特効薬?

ロキシー・ミュージック、ホール&オーツといった1980年代ポップスが場違いに流れる映像世界は、無機質なまでにシンプルなセットデザイン、囚人の背中に装着された薬物注入用のデバイスなどの小道具が目を引く。そのデバイスにはほれ薬や笑い薬、さらには極度の不安や不快感を引き起こすダークフロックスという危険な薬物もセットされている。それらをスマホのアプリ経由で注入された囚人たちは、突如として発情したり、バカ話に興じたりする奇妙なリアクションを示し、またあるときは制御不能に陥って悲惨な運命をたどるはめになる。
そしてこの新薬実験をめぐる異色の刑務所スリラーは、中盤以降、思いのほかエモーショナルなストーリー展開を見せる。マイルズ・テラー演じる〝善良な囚人〟ジェフは、かつて自分が犯した愚かな罪を償うためにこの実験に志願したのだが、狂気の野心に駆られたスティーブは、そんなジェフのナイーブな人柄さえも狡猾(こうかつ)に利用していく。そもそも一度壊れた人生を劇的に修復してくれる〝特効薬〟など、この世に存在するはずもない。そこに本作の精神的なテーマがある。
前述したように本作はコロナ禍まっただ中にオーストラリアで撮影されたが、心身共に〝閉ざされた〟状況からの〝脱出/解放〟を核にしたこの物語は、作り手たちにとってコロナ禍で向き合うには格好の内容だっただろう。念押ししておくが、本作は派手なアクションが売り物ではないし、むしろ作風は地味でコンパクト。その〝入り口〟さえ間違えなければ、今が旬のヒットメーカー&スター俳優の豪華なコラボレーションを楽しめるはずだ。
 
Netflixにて独占配信中。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。