ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
2022.3.21
謎とスリルのアンソロジー:「ジャッカルの日」 素性不明の一匹狼が、フランス大統領暗殺の大仕事に挑む
キーワード「暗殺者の流儀」
私たちの現実生活ではまず出くわすことがないのに、映画や小説といったフィクションでは頻繁に描かれる〝職業〟とは何だろうか。答えは、ずばり殺し屋だ。ここで言うそれは、マフィアが抗争相手に差し向ける鉄砲玉のような末端の捨て駒ではない。特定の組織に存在せず、報酬を得て仕事を請け負う一匹狼(おおかみ)の殺し屋のことだ。
報酬の多寡は、殺しのミッションの難易度で決まる。ターゲットが「恨みある妻の浮気相手」の場合と「某国政府の要人」の場合では、報酬は桁違いに違うだろう。後者のケースを請け負える殺し屋はそうそういるものではない。そもそも一度失敗すれば重い懲役刑を科せられ、もしくは命を落としかねない殺し屋稼業は〝割に合わない〟仕事であり、長年にわたって実績を築き上げ、殺しの業界で生き抜くのは並大抵ではない。
そんな綱渡りの仕事を高確率で成功させ、業界のトップにのし上がった殺し屋は、スゴ腕の暗殺者として引く手あまたとなる。言うまでもなく、その代表格はゴルゴ13ことデューク東郷だ。狙撃術などの抜きんでた技能を備え、困難な殺人計画を単独で立案、準備、遂行する〝暗殺者〟は、単なる〝殺し屋〟よりはるかにハイクラスで希少性の高いスペシャリストである。
名匠フレッド・ジンネマンがフォーサイスのデビュー小説を映画化
そうした暗殺者の流儀、すなわちプロフェッショナリズムを、映画史上最も入念に映像化したのが「ジャッカルの日」(1973年、イギリス・フランス合作)だ。原作は、ベストセラー作家フレデリック・フォーサイスの同名デビュー作。主人公の暗殺者こそ架空のキャラクターだが、1960年代初頭のフランスのリアルな政治状況を背景にしている。
アルジェリア独立阻止の武力闘争を行っている秘密軍事組織OASが、時のフランス大統領シャルル・ド・ゴールの殺害に失敗し、外国人のフリーランサーに暗殺を委託することを決定。国籍も本名も不明で、「ジャッカル」というコードネームで呼ばれる暗殺者(エドワード・フォックス)が、巨額の報酬50万ドルと引き換えにド・ゴール暗殺計画を実行していくという物語だ。
オーストリアにあるOASの隠れ家のシーンで初めて画面に姿を現すジャッカルは、いかにも殺し屋でございというギラついた風貌からはほど遠く、スーツをスマートに着こなしたビジネスマンふう。ジャッカル役の候補にはロジャー・ムーア、マイケル・ケインの名もあがったそうだが、すらりとした長身で貴族的な雰囲気を漂わせ、なおかつ鋭い眼光が特徴的なE・フォックスの起用が吉と出た。
監督はゲーリー・クーパー主演の西部劇「真昼の決闘」(52年)で知られ、「地上より永遠に」(53年)と「わが命つきるとも」(66年)で米アカデミー賞作品賞、監督賞を2度受賞したフレッド・ジンネマン。キャリア晩年にこの企画に挑んだジンネマンは、ジャッカルが暗殺の準備を進めていくプロセスをこのうえなくきめ細かに描いた。
主人公と捜査責任者の描写にみなぎるプロフェッショナリズム
まずジャッカルはイタリアのジェノバに飛び、偽の身分証やパスポートを手配。さらに年老いた職人に、特殊仕様のサイレンサー付きの狙撃銃を発注する。後日、完成したステンレス製の銃を手にしたジャッカルが、森の中で試射を行うシーンの描写がすばらしい。スコープをのぞいて通常弾を1発撃つごとに照準器を微調整し、最後に水銀を仕込んだ特注の破裂弾で標的のスイカを木っ端みじんに撃ち抜く。フォックスの優雅で無駄のない銃の扱い方にもほれぼれとさせられる。
その後もイギリス人に成りすましたジャッカルがイタリアからフランスに陸路で入国し、デンマーク人教師に変装してフランス当局の大規模な捜査網をかいくぐっていく様を描出。80年代以降の殺し屋が登場するスリラーやアクション映画は、どれもこれも派手な銃撃戦、爆破などの見せ場を満載しているが、ジンネマンはそうした観客への〝 サービス〟には目もくれない。むしろこのジャンルで省略されがちなディテールをストイックに積み重ね、ストーリー展開はとことん地味で回りくどいのに、ひとときも目が離せない孤高の暗殺者映画を完成させた。
もう一点特筆すべきは、ジャッカルと虚々実々の駆け引きを繰り広げるフランス国家警察のルベル警視(ミシェル・ロンズデール)のキャラクターだ。ルベルはこの手の犯罪映画にありがちな〝間抜けな追っ手〟ではない。それどころか凡庸な外見からはうかがい知れない、忍耐強くしたたかな切れ者として描かれる。ジンネマンはそんなルベルが若い助手を引き連れ、身元も顔もわからない暗殺者の行方を追うという途方もない捜査の過程をも丹念に映し出す。まさしく映画の神は細部に宿る。サスペンスの神髄もまた細部に宿ることを証明した。
ちなみに本作は63年8月25日、パリ凱旋門(がいせんもん)で催される解放記念日の式典がクライマックスになっているが、20世紀に最も世界を震撼(しんかん)させた暗殺事件は同年の11月22日に米テキサス州で起こった。不幸にもその標的となったのは、ご存じジョン・F・ケネディである。
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