「ハイ・デザート」より 画像提供Apple TV+

「ハイ・デザート」より 画像提供Apple TV+

2023.7.31

パトリシア・アークエットの存在感がとにかく強烈なノワールコメディー「ハイ・デザート」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

パトリシア・アークエットといえば、クエンティン・タランティーノが脚本を手がけた「トゥルー・ロマンス」でブレークし、1990年代には個性派スターとして活躍。2000年代以降は主にテレビドラマに活動の軸を移し、リチャード・リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」では12年にわたる撮影に参加して、主人公の少年の母親を演じ続けた。

そんなアークエットの最新主演作が、AppleTV+で配信中のドラマシリーズ「ハイ・デザート」だ。もともとは近年監督としての評価がうなぎのぼりのベン・スティラーが監督する予定だったが、スティラーは製作総指揮にまわり、スティラーとは「ミート・ザ・ペアレンツ」シリーズで組んだジェイ・ローチが全エピソードで監督を務めている。
 

アークエットふんする主人公が私立探偵になって人生をやり直そうとする

アークエットふんする主人公ペギーは、元麻薬ディーラーの妻。夫が逮捕、収監されて10年。いまでは西部開拓時代のテーマパークで働いている。そんなペギーが母親の死を契機に人生をやり直そうと決意し、砂漠に囲まれた田舎町で私立探偵として再出発しようとする。どうして私立探偵なのかは判然としないのだが、自分に向いていると確信したらしい。

ペギーは地元の寂れた探偵事務所に押しかけて助手となり、怪しいと思った人物の調査を勝手に進め、テーマパーク仲間のトラブルを解決したりしながら、大金をゲットして自宅を手放すまいと奔走するのだ。

と、あらすじを書くとこんな感じなのに、ストーリーはすぐ脇道に入り込み、いったいどこに進んでいるのかさっぱりわからない。次々とクセの強すぎる登場人物が現れ、ペギーを含めて誰もがとっちらかっていて、なんらかの悪事にも手を染めているのだが、どこか抜けていて憎めない。なんともつかみどころのないコメディーというほかない。

これに似た感覚はどこかで味わったことがあると考えて、エルモア・レナードの犯罪小説だなと思い当たった。レナードの作品に多大な影響を受けた映画監督にはクエンティン・タランティーノがいて、「パルプ・フィクション」はレナード・タッチをそのまま移し替えたような犯罪群像喜劇であり、また「ジャッキー・ブラウン」はレナードの著作「ラム・パンチ」の映画化でもある。

またスティーブン・ソダーバーグの「アウト・オブ・サイト」や、ジョン・トラボルタが主演した「ゲット・ショーティ」もレナード原作で、どちらも小悪党の思惑が絡み合いながら明後日の方向へと進んでいくノワールコメディーの魅力にあふれていた。
 

クセのある役者たちの演技もよし。シュールなコメディー好きにオススメ

「ハイ・デザート」では、座長ポジションであるパトリシア・アークエットの存在感がとにかく強烈で、ドラッグ中毒の治療中で、押しが強く、目的のためならうそ八百をまくしたてるが、それでいて温かいハートの持ち主で、困っている人間は助けずにいられないペギーを怪演している。
 
彼女を取り巻く面々も、腐れ縁の夫役のマット・ディロン、亡き母親と母親にそっくりな元女優を演じるバーナデット・ピータース、うさん臭いハンサム教祖役のルパート・フレンドら、巧者たちがイキイキとどうしようもなく演じているのがいい。

実はこのドラマ、筋書きがあまりにもとっちらかっているせいか、混乱を極めたキャラクターについていけないという視聴者が多かったのか、シーズン1で終了してしまった。
 
物語的には積み残しがいっぱいあるのだが、ペギーという主人公の精神的な旅の物語だと考えると、シーズン1の最終話でひとつの(とんでもない)オチがついたように思えなくもない。いずれにせよ、筋書きを追うよりもキャラクターと流れる時間の奇妙なおかしさを味わう作品だと思うので、ヘンテコでシュールなコメディー好きにぜひオススメしたい。
 
「ハイ・デザート」はApple TV+で配信中

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

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