映画監督人生50年が過ぎた今も、衰え知らずの創作意欲で次々と新作を世に送り出しているスティーブン・スピルバーグ監督。最新作「フェイブルマンズ」は間近に迫ったアカデミー賞授賞式の本命のひとつとして注目されています。そこで、本特集ではスピルバーグ監督のキャリアを振り返り、彼が手掛けた名作の中からピックアップした作品を「入門編」として紹介しつつ、「フェイブルマンズ」の魅力にも迫ります。
2023.2.28
今さら聞けないスティーブン・スピルバーグ監督のトリセツ
スティーブン・スピルバーグ監督といえば「ジュラシック・パーク」(1993)。「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」(2022)まで続く大ヒットシリーズとなり、ユニバーサル・スタジオ内にアトラクション「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」が作られたこともあり、広い世代に認知されている作品だ。
18年にはひとりの監督作品で初の総興行収入100億ドル超えを記録。その一方で、「シンドラーのリスト」(93)ではアカデミー賞の作品賞と監督賞、「プライベート・ライアン」(98)では同監督賞を受賞と、評価も高い。
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スピルバーグ監督作品の集大成でルーツを描いた最新作「フェイブルマンズ」
そんなスピルバーグ監督の作品の重要なモチーフは、〝少年〟、〝家族〟、〝ユダヤ人であること〟、〝市井の人々〟、〝ファンタジー〟など。最新作「フェイブルマンズ」(22)ではそれらすべてを取り入れ、映画作りに熱中したスピルバーグ監督の少年期を描く。どんなふうに映画と出合い、映画作りのどんなところにひかれ、のめり込んでいったのか。まるで彼の人生に寄り添ったかのように理解することができる。
本人もことあるごとに言っているように、昔から「スピルバーグの映像世界を楽しむなら、彼の少年時代を無視してはならない」と語られてきた。この映画でスピルバーグは、自らその少年時代を解き明かしてくれる。
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少年時代の記憶を映画に投影
スピルバーグは、1946年12月18日、オハイオ州シンシナティで生まれた。コンピューターの開発技術者であった父アーノルド、ピアニストの母リア、3人の妹の6人家族。ひとつのことに傾倒していく性格は父親似、芸術的センスは母親似なのだろう。
動物好きでボーイスカウトに所属。そして〝テレビがステップペアレントだった〟というほどテレビ映画やドラマをよく見ており、特にお気に入りだったのは事件捜査の過程を丁寧に追った警察ドラマ「ドラグネット」(1951-59)だったという。
スピルバーグは、よく少年時代の記憶をそのまま映画に投影している。例えば、部屋のひび割れや壁に映し出された影、窓から見える大きな木。「フェイブルマンズ」にも描かれるが、それらは「E.T.」(82)や「カラーパープル」(85)、「太陽の帝国」(87)、「ジュラシック・パーク」などあらゆる作品に見ることができる。風景や影がスピルバーグに与えたのは、〝物語〟を創作する楽しさだったのだろう。
彼が家族と経験した二つのことも、映画に直接的な影響を及ぼしている。ひとつは流れ星を見に行った経験。「未知との遭遇」(77)で小高い丘の上に集まった人々がUFOを目撃するシーンは、まさにこのときの体験を描いたものだと語っている。
もうひとつは「フェイブルマンズ」にも出てくる、家族で見に行った、セシル・B・デミル監督・製作の「地上最大のショウ」(52)。光と影が織り成す物語に魅入られたスピルバーグは父の8ミリカメラで映画を撮り始め、12歳のときにコダック製の専用8ミリカメラを、そして編集機も買ってもらう。
それらを駆使し、スピルバーグは多くの習作を作った。大がかりなセットなどなくとも、光と影、カメラアングル、そして編集によってスペクタクルを作り出した。そうやって13 歳のときには、約40 分の戦争映画〝Escape to Nowhere〟を8ミリで製作。
この映画でアリゾナ州の大会で1位となる。16歳のときに製作した2時間20分のSF映画〝Firelight〟では、映画館を借りてプレミアショーを行った。そこで得た入場料を、父親から借りた製作費の返済に充てている。彼は、既に映画産業の構造を理解していたのだ。
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飛躍したのは日本では劇場公開された「激突!」
64年、スピルバーグ一家はカリフォルニア州サラトガに転居。そこで彼は、ユニバーサル・スタジオ編集部の非公式なアシスタントと、両親の離婚を経験した。ユニバーサル・スタジオにはスタジオ見学バスツアーで入り込み、そこで会った重役から3日間の入場パスをもらったことをきっかけに、4日目以降アシスタントとして通うことに成功した。「フェイブルマンズ」にも描かれる両親の離婚は、喪失の痛みとして多くの作品に織り込まれている。「E.T.」では特にストーリーの重要なベースとなっている。
スピルバーグは、編集アシスタントとして短期間に頭角を現した。彼の才能に気づいたユニバーサルは、35ミリフィルムによる短編映画の製作資金1万5,000ドルを提供。スピルバーグは、ヒッチハイクをする男女の出会いから別れまでの一日を描いた〝Amblin〟(68)を製作し、これを高く評価したスタジオの副所長シドニー・シャインバーグと7年間の監督契約を結ぶ。こうして21歳を目前に、スピルバーグはカリフォルニア州立大学ロングビーチ校を中退し、プロの監督になった。
スピルバーグの存在感を爆上げしたのは、絶対に予算を超過しない早撮りなところと、契約期間に撮ったテレビ映画「激突!」(71)のスリルだ。早撮りは、少年期にスクリプトやコンテを描くことに熱中したことが功を奏し、身についたもの。
「激突!」は、タンクローリーと、それをなんの気なしに追い抜いたセールスマンの繰り広げるデッドヒートのスリルで注目された。そのためワールドセールスにおいては映画として販売され、日本では「激突!」がスピルバーグ初の劇場公開映画となった。本当の映画デビュー作は、「続・激突! カージャック」(74)。「激突!」が大ヒットしたため、続編でもないのにこのタイトルがついた。
ちなみにスピルバーグ監督作品で製作費が1億円を超えたのは、「マイノリティ・リポート」(02)、「宇宙戦争」(05)、「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」(08)、「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」(11)と、出演料の高いスターの出演作と3Dを使った作品だけとなる。
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市井の人々を描いた「ジョーズ」や、主人公の内面に迫った「カラーパープル」
スピルバーグは市井の人々を描くこと、そして人生のおかしみを描くことを信条としている。スリラーとして評価される「ジョーズ」(75)も、実は小さな海岸の町アミティの人々を描いた作品だ。
おかしみを描くにしても、コメディーとして作ることより、人間ドラマやスリラーのなかに織り込むことを好む。「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(81)など冒険活劇での笑いはもちろんだが、「ジョーズ」や「カラーパープル」、「1941」(79)などシリアスな要素のある作品にこそ彼の笑いのセンスは映える。笑いとはスピルバーグが人間を描くときに何よりも大切にしている要素なのだと感じる。
社会的にパージされた状況を長い時間をかけ自らの手で回復させた黒人姉妹の物語「カラーパープル」を引き受けたとき、スピルバーグは「アフリカ系の監督に任せるべきだ」とバッシングを受けた。
しかしこの作品は、スピルバーグにとっても自分の物語であり、彼の内面に迫る作品だった。「これはある種の劣等感についての作品。ユダヤ人であり、小さいころさえない少年だった僕はよくいじめられた。主人公のセリーの気持ちはよく分かる」とインタビューに答えている。
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自身のルーツと向き合った「シンドラーのリスト」
スピルバーグが「シンドラーのリスト」で、本格的にホロコーストと向き合うまでにはそこから8年かかった。ホロコーストで失われた20人弱の自身の親戚の命についてどう考えればいいのか、自身が少年時代に悩まされた反ユダヤ主義をどのように捉えたらいいのか。それらの答えを見いだすまでにかかった時間ともいえる。「フェイブルマンズ」では、そんな揺れる少年時代も垣間見ることができる。
「シンドラーのリスト」はその描き方について、ユダヤ人関係者を含め、賛否があった。にもかかわらずヒット。その利益をスピルバーグは、ホロコースト生存者の証言アーカイブの設立に充てている。
スピルバーグ監督作品には、「E.T.」や愛の感情を持つ少年型ロボットが主人公の「A.I.」(01)、16歳から21歳まで思いもよらない規模の詐欺を働いた孤独な少年が主人公の「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(02)、世界を冒険する少年が主人公の「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」など、少年を主人公に据えたものが多い。
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自身を確立しようとする少年を描いた近作「ウエスト・サイド・ストーリー」
それはつい最近までスピルバーグ自身が永遠の少年だったからなのだろう。「フック」(91)でピーター・パンを演じたロビン・ウィリアムズのように。「太陽の帝国」のジェイミー少年を演じたクリスチャン・ベイルは当時、「彼のオフィスはゲームセンターみたいで、時間いっぱい遊ばせてくれた」と証言している。
スピルバーグ監督が、多くの人間がVR(仮想現実)の世界に暮らす近未来を描いた「レディ・プレイヤー1」(18)を手掛けたとき、誰もが「このコンピューター上に作られた仮想的世界の仕組みをどこまで理解しているのか?」と案じた。だが、スピルバーグは早い時期からコンピューターゲームにいそしんでおり彼こそ適任者だったのだ。コンピューターなしで仮想現実世界を具現化してきたスピルバーグこそが。
スピルバーグがなぜ少年を主人公にするのか? ひとつは子どもとは、生々しく本音を口にしながらも、ファンタジーの世界に生きられる、映画的存在であるからだろう。同時に、近作「ウエスト・サイド・ストーリー」(21)もそうだが、スピルバーグ監督は自身の作品を、圧倒的な力に押され、居るべき場所を確立できずにいる人々への避難場所としたいと考えているからなのではないか。ピーター・パンの住むネバーランドのような。
ボーイスカウトの制服姿の少年たちが、住宅街の坂道を自転車で走り下りてくるシーンはまるで「E.T.」。そのまま天に駆け上がってしまうのではないかと感じるのは、きっとスピルバーグの意図的なメッセージだ。多くの隠しテーマがあることに気付いてほしいという。「フェイブルマンズ」を見てから、スピルバーグ監督の過去作品を見直すと、彼が我々に仕掛けたさまざまな問いの答えがさらに見えてくる。
「ジュラシック・パーク」
4K ULTRA HD + Blu-rayセット: 6589 円 (税込み)
Blu-ray: 2075 円 (税込み) / DVD: 1572 円 (税込み)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
「フェイブルマンズ」
2023年3月3日(金)全国公開
「E.T.」
Blu-ray: 2075 円 (税込み) / DVD: 1572 円 (税込み)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
「激突!」
Blu-ray: 2075 円 (税込み) / DVD: 1572 円 (税込み)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
「カラーパープル」
Blu-lay 2619円(税込み)/ DVD:1572円(税込み)
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販売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
「シンドラーのリスト」
Blu-ray: 2075 円 (税込み) / DVD: 1572 円 (税込み)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
「ウエスト・サイド・ストーリー」
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