「別れる決心」 © 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED.jpg

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2023.2.17

この1本:「別れる決心」 妖しく渦巻く男女の謎

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

韓国で最も世界的に知られた監督は「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノだろう。しかし六つ年上のパク・チャヌクの受賞歴もすごい。カンヌ国際映画祭では「オールド・ボーイ」でグランプリに輝き、最新作「別れる決心」で3度目の受賞(監督賞)。パク監督の新たな代表作になるであろうネオ・ノワール的な恋愛劇である。

釜山の岩山で発生した中年男の変死事件。刑事ヘジュン(パク・ヘイル)は死んだ男の妻である中国人ソレ(タン・ウェイ)を疑い、彼女の妖しい魅力に惑わされる。やがて捜査は意外な形で終結して2人は別れるが、数年後、再びソレが彼の前に現れる。

刑事と殺人容疑者の道ならぬ恋。パク監督はこれまでも誘惑に屈し、転落していく人間の業を描いてきたが、今回は過激な暴力、性愛描写を封印。取調室での聴取や尾行、監視のシークエンスに、視線の絡み合いやなまめかしい触覚の演出を織り交ぜ、男女の心の綾(あや)を巧みに表現した。スマホなどの小道具の使い方、色彩やデザインにこだわった美術も秀逸で、空間や時間を錯綜(さくそう)させたカメラワーク、編集と相まって、あらゆる場面を魅惑的に構築している。

さらに、週末ごとに妻が待つ海辺の町へ戻るヘジュンが霧の夜道を往来し、慢性的な不眠症に悩む描写が、夢のような迷宮感を生む。あいびきシーンやサスペンス演出に、高低差のあるロケ場所を活用している点にも確信的な意図が感じられる。ヒチコックの「めまい」の愛好家であるパク監督は、その鮮やかな換骨奪胎を成し遂げてみせた。

ヘジュンを崩壊に導くソレは、水の精ウンディーネを連想させる宿命の女だ。山から始まり海へ向かう構造を持つこの映画は、幕切れも衝撃的。恋愛の底知れない耽溺(たんでき)性を、深遠な謎が渦巻く未解決事件のように撮った非凡な一作。2時間18分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(諭)

ここに注目

筋立てを追えばノワール調のメロドラマだが、甘苦い感傷に浸る映画とはほど遠い。双眼鏡で部屋にいるソレを監視していたヘジュンが、カットが変わると居眠りするソレの横に立っている。スマホの画面をのぞくヘジュンを、スマホの画面越しに捉える。不意に挿入されるシャープでシュールな映像が、感情移入に水を差す。あるいは第1の事件現場である垂直な岩や、その表面をスーツ姿で登るヘジュンといった遊び心のある映像。ちょっと能面のようなパク・ヘイルの無表情も相まって、含蓄と余白がたっぷり。さすがパク・チャヌク。(勝)

技あり

撮影監督の世界一を決めるエネルガ・カメリマージュで最高賞受賞歴があるキム・ジヨン撮影監督が、腕を見せた。ヘジュンがソレを取り調べる場面では、向き合った2人の実像と監視映像をうまく組み合わせた。ソレがヘジュンにスマホの写真を見せようとして顔が近づき、慌てて離れる。心情的に近づく予感を表現できた。あるいは地方に異動したヘジュンが駆けつけると、パトカーが追うバイクが転倒。盗品の生きたスッポンが路上にまかれ、警官たちがはい回って捕まえる。「警官あるある」の挿話だが、現実感や映画の楽しさも増した。(渡)

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