「aftersun/アフターサン」© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

「aftersun/アフターサン」© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

2023.5.26

この1本:「aftersun/アフターサン」 父と娘、揺らぐ感情

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

英スコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作。少女時代に父と過ごしたある夏の思い出に基づく自伝的作品だが、ありふれた家族ドラマではない。映画ならではの繊細かつ先鋭的な手法で、深遠なる感情の揺らぎを表現しようと試みた野心作だ。

11歳のソフィ(フランキー・コリオ)が夏休みにトルコの海辺の避暑地を訪れる。同伴者の父カラム(ポール・メスカル)は母と離婚し、普段は別々に暮らしている。快活なソフィと優しいカラムの親子仲は良好で、カラムが若いため2人は兄妹に見間違えられることもある。

スキューバダイビングに興じたり、空に浮かぶパラグライダーを眺めたり。そんなたわいない旅のスケッチ描写は一見ほほ笑ましいバカンス映画のよう。しかし本作には意外な仕掛けがある。まばゆい光と鮮烈な色彩に満ちた35㍉フィルムの映像には、ソフィが撮影した粒子の粗いホームビデオが挿入される。大人になった〝現在〟の彼女が、20年前の旅の記録と向き合うという構造になっているのだ。

すると、幸福感に包まれていた旅の見え方が変わってくる。逆光や後ろ姿で撮られた父は孤独の影をまとい、経済的な問題を抱え、精神的にも行き詰まっているようだ。幼いソフィには気づかなかった人間や人生の暗い断面がせり上がってきて、父の自死をほのめかす不吉なイメージも映し出される。愛する者を追想するこの映画は、切ない追悼の映画でもあるのだ。

ウェルズ監督は不安定なカメラワーク、鏡やガラスなどの反射物を多用してドキュメンタリー風の映像を構築する一方、フィクショナルな謎めいた視線のショットを不意に挟み込む。記録と記憶、さらにはソフィの夢や空想が混じり合ったような感覚が実にスリリングだ。

そしてクイーン&デビッド・ボウイの名曲「アンダー・プレッシャー」が流れる終盤のダンスシーン。親子のかけがえのない絆と喪失の悲しみが、時を超えてフラッシュするその場面は鳥肌ものだ。多くの映画賞に輝き、メスカルは米アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。1時間41分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)

ここに注目

記憶のみならず、写真や映像といった記録も曖昧なものという視点が、この映画を特別なものにしている。どれほど対象に近づいた記録でも全てを映し出すことは不可能で、その部分を補うようにして人の記憶は形作られていくのだろう。ウェルズ監督はそれを説明しすぎることなく、パズルのピースをはめていくように緻密な構成で描き出している。生活音や呼吸音を際立たせた映像には親密感があり、見る者が自分の個人的な思い出を振り返ってしまう〝効能〟も。早くも次回作が楽しみになる新鋭監督の登場である。(細)

技あり

ウェルズ監督とグレゴリー・オーク撮影監督、ともに若い。撮りたい方法は頭の中にいっぱいあり、やってみたがる頃合い。夜のホテル、スタンド灯でソフィは本を読んでいる。壁の光の当たらない部分が、フィルムの質感で良い感じに暗い。カットが替わるとカラムは浴室の一隅か、ギプスを外そうとしている。最後の2人の引き画(え)では、壁を挟んで部屋のソフィとギプスを切っているカラムを並べる。演劇風なセットの作りを試せた瞬間だ。インスタント写真をテーブルに置き、画像が浮かび上がるまで秒数関係なく見せる場面なども、撮り方を選べる楽しみにあふれている。(渡)