毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.10.20
「悪い子バビー」 数奇な軌跡に不思議な解放感やいとおしさ
バビー(ニコラス・ホープ)は、母から「外に出ると汚染された空気で死ぬ」と言われ35年間、暗く汚い部屋に閉じ込められて生きてきた。ある日突然、父親と名乗り牧師をしているという男が帰ってくる。「パパ」の出現で邪魔者扱いされ、疎外感を募らせたバビーは、両親の顔にラップを巻き付けて殺害。外の世界に飛び出していく。
母との隷属的関係や近親相姦(そうかん)が描かれる序盤はグロテスクで陰湿。しかし、外の世界で遭遇する人々やバビーとの関係性は淡々としていて、悲喜劇の側面を強調するわけでもない。のんびりとした空気感が漂う街や人々の間で、バビーは右往左往する。
バビーはやがてロックバンドの一員となり、頭に残った言葉を体験的に発したステージで人気者に。ロルフ・デ・ヒーア監督の突き放したような演出は、終盤に予想外に転調する。これぞ〝衝撃〟のラスト。固定カメラの穏やかな画面が深い余韻、感慨へと誘う。1993年、第50回ベネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞。時を経ても色あせていない。日本では劇場初公開。1時間54分。東京・新宿武蔵野館、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(鈴)
ここに注目
バビーの家庭環境を描いた第1幕はあまりにも異常だが、その後の展開は別の意味で驚きの連続。バビーが経験する悲惨な出来事、さまざまな人々との出会いのエピソードが錯綜(さくそう)し、不思議な解放感やいとおしさがあふれ出る瞬間がある。鑑賞後もバビーの数奇な軌跡が脳裏にこびりついて離れない。(諭)