ひとしねま

2023.9.08

チャートの裏側:痛切に思う自身の生き方

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

映画が終わった帰りの道すがらも涙が止まらなかった。映画に関連して、一昨年亡くなった自身の母のことを思い出したからである。山田洋次監督の「こんにちは、母さん」だ。東京・向島で足袋店を営む母と、大企業で要職につく息子を中心に描く。人の生き方の話である。

人の生き方とは何か。90歳を超えた山田監督は、これまで長きにわたって、そのことを描き続けてきた。本作は、そこから一歩も二歩も踏み出している。母と息子の関係性の中に、ちょっとした距離がある。うまく、かみ合わない。修復されたように見えて、そうはならない。

息子はリストラの当事者だ。人を切る側だが、母は言う。「切られるほうが良かった」。息子は「切る」仕事に疑問を抱く。母に近寄ったかに見えたが、そうではない。別のことで距離は広がる。酔った母が本音をぶちまけるシーンがある。息子は深く考えず、微妙な態度を見せる。グサッとくるシーンである。

映画を見た人は自身のことを振り返るのではないか。母と息子の双方にまたがって、自身の生き方を痛切に思う。受け止め方は年齢、性別によって違う。心が引き裂かれる人もいよう。私自身が、そうだった。我が母のことをよく分かっていなかった。つらかったが、映画を見る幸福がここにある。もっと多くの人が本作に接してほしい。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)

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