ひとしねま

2023.4.07

チャートの裏側:他人事でない「妖怪」

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

チャート外の興味深い現象がある。連日、映画館で満席が続いている作品だが、公開館数が少ないのでチャートには入ってこない。安倍晋三元首相を描いたドキュメンタリー「妖怪の孫」だ。銃撃事件がきっかけで、製作されたわけではない。企画が動いたのは2021年である。

「妖怪」にピンとくる人も多いだろう。昭和の妖怪と言われた岸信介元首相のことで、安倍氏は岸氏の孫にあたる。映画では、この「妖怪」は二面性をもつ。タイトルどおりの意味と、今の日本人に起こりがちな考え方、態度などを表す。ここが、本作の一つの肝である。

その考え方、態度とは、不寛容、自己責任のなすり合い、過度の不安などだ。つまり、安倍政権下で広がり始めたともみられる日本人の思考、行動形態の数々を「妖怪」として俎上(そじょう)に載せる。憲法改正論議、旧統一教会問題なども描かれる。現役官僚の官庁批判は実にリアルだ。

観客には60歳以上の年配者が多い。戦後を生きてきた人たちは、岸氏から安倍氏への長い戦後政治の道筋に、自身の人生を重ねているかのごときである。続出する満席の理由は、そこが一つに考えられる。他人(ひと)事(ごと)の話ではない。政治も「妖怪」も自分事との認識があると感じた。ただ満席の一角で、もっと若い人の集客があればと思ったのも事実である。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)

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