毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.7.14
この1本:「CLOSE/クロース」 思春期の痛切な心
兄弟のように仲の良い幼なじみ、レミ(グスタフ・ドゥ・ワエル)とレオ(エデン・ダンブリン)。互いの家を行き来し、抱き合って眠る。2人も家族も、それが当然と思っていた。ところが13歳で上の学校に上がると級友が「付き合ってるのか」と聞いてくる。即座に否定するレオと、戸惑うレミ。レオはレミと距離を置くようになり、アイスホッケーのチームに加わった。音楽家を目指すレミは、遠くからレオを見つめるだけ。映画の前半は、思春期の友情とも同性愛ともつかぬ感情の芽生えを、繊細に描写する。
デビュー作「Girl/ガール」で、バレリーナを目指すトランスジェンダーの少年の痛みを切なく描いたルーカス・ドン監督は、再び少年の複雑な内面に迫る。ほとんどの場面がクローズショットで、カメラはレオと、レオが見ているものだけを映してゆく。状況の説明も前後の経緯も描かず瞬間だけを切り取って、そこにあふれる情感をみずみずしくすくい取る。
2人が自転車に乗って登校する場面が何度か出てくる。最初は明るい陽光の中、2人は幸福感と一体感に包まれて疾走している。しかし学校での出来事の後、硬い表情の2人は目を合わせず前方をにらんだまま。どちらの場面もセリフはなく同じ構図なのに、気まずさと戸惑いが痛いほど伝わってくる。
やがて悲劇が起きて、レオは取り残されてしまう。何が起きたのか、映画はやはり、はっきりと示さない。レオの表情と生活の断片がつなげられ、観客はそのはざまを埋めるべく想像と思索を促される。
喪失感と罪悪感が入り交じり、周囲の悲しみも感じ取るのに、なすすべがないレオが痛々しい。そして言葉にならない感情を吐き出して、ようやく再生への一歩を踏み出す瞬間が、深く胸を打つ。
ドゥ・ワエルとダンブリンは、これがデビュー作という。痛切な心の動きを、まなざしとたたずまいだけで表現する演技も、それを引き出したドン監督の演出も出色だ。カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した。1時間44分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)
ここに注目
映画の途中であっと驚く秘密が明かされるわけではない。観客は家族ぐるみで付き合っているレオとレミの親密さ、関係がぎくしゃくしていく過程を全て目の当たりにしたうえで、取り返しのつかない悲劇的な状況に陥ったレオの感情に同化することになる。大人の私たちも、楽しいことだけではなかった〝あの頃〟の不安や孤立感が脳裏によみがえる。花畑を駆け抜ける少年たちと並走する移動ショットのえも言われぬ美しさ。そしてレオの再生のキーパーソンとなる女性にふんしたエミリー・ドゥケンヌの助演が光る。(諭)
技あり
「Girl/ガール」に続いてフランク・バン・デン・エーデン撮影監督が撮った。赤い壁の自分の部屋でオーボエを吹くレミと、「お前のマネジャーとして大金を稼ぐ」というレオ。悲劇の影もない2人を、金色がかった自然光で柔らかく撮る。対照的なのは、硬く冷たい人工の光で照らされた夜のスケートリンク。レオが、通路に見えたレミの母親に近寄って手すりにつかまるバストアップ。母親に、リンクに向けた目を戻し「会えてうれしい」。きつい角度で切り返しを重ねるが、2人ともレミの話を避け、対話感が出ないポジションの妙。ぎこちなさに、巧みさが見えた。(渡)