「教皇選挙」

「教皇選挙」©2024Conclave Distribution, LLC

2025.3.21

この1本:「教皇選挙」 人間くさい情報戦

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

新しいローマ教皇を選ぶ選挙がコンクラーベ。外部から隔絶された礼拝堂に高位聖職者の枢機卿が集まり、規定得票数に達するまで互選投票を繰り返す。投票ごとに、選出者が決まらないと黒い煙、決まると白い煙が上がって進行状況が外部に伝えられる。外からはうかがい知れないその内幕を描いているが、リアリズムで教会や宗教を真剣に考えるというより、未知の世界を舞台とした娯楽ミステリー。聖職者らしからぬ、欲と野望にまみれた俗物たちの、権謀術策渦巻くドラマである。

法王が急死して、首席枢機卿のローレンス(レイフ・ファインズ)がコンクラーベを仕切ることになる。教会内部ではくせ者が暗躍し、100人以上の枢機卿の投票の行方は混沌(こんとん)としている。教会改革派の先鋒(せんぽう)でローレンスと親しいベリーニ(スタンリー・トゥッチ)は、最有力候補で極右の保守派テデスコ(セルジオ・カステリット)の当選を阻もうと懸命だ。しかし投票ごとに流れが変わり、野心家トランブレ(ジョン・リスゴー)や初のアフリカ系教皇の座をうかがうアデイエミ(ルシアン・ムサマティ)が浮上、伏兵ベニテス(カルロス・ディエス)も票を伸ばす。

駆け引きと情報戦、激しく足を引っ張り合う教皇選びの展開は、宗教ものというより選挙映画。いかにも人間くさい争いと荘厳な宗教施設の取り合わせは「ダ・ヴィンチ・コード」などに通じるが、美学的な完成度でははるかに上回る。信仰の揺らぎに悩みつつ、教会の未来も案ずるローレンスをファインズが好演してドラマの芯となり、結果は最後の最後まで分からない。映像の見事さもあいまって、思わず引き込まれる。

ただ、ここまでリアルな映像ならと、現代における信仰とかカトリック教会の存在意義とか、あるいは男性支配社会といったテーマの掘り下げも期待したくなるが、こちらはドラマを推進する燃料程度。神様が見たらがっかりするかもしれないが、俗物たるこちらはたっぷり楽しめる、上々のサスペンス。米アカデミー賞脚色賞を受賞。エドワード・ベルガー監督。2時間。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

技あり

エドワード・ベルガー監督の演出力、撮影、美術、衣装などのスタッフの精緻な仕事が素晴らしい。枢機卿団の宿舎と食堂、投票会場のシスティーナ礼拝堂に舞台を限定した映像世界には異様な閉塞(へいそく)感が漂う。少数の登場人物たちが密談を交わすシーンのクローズアップ、緋色(ひいろ)の法衣を視覚的に際立たせたロングショット。あらゆる場面が計算し尽くされ、思わぬスキャンダルや陰謀の発覚によって選挙戦の行方が二転三転する脚本は、サスペンス映画のお手本のよう。まれに見る完成度の高さではないか。(諭)

ここに注目

枢機卿たちの欲望や策略がうごめくドラマと、光や色を完璧に計算し尽くした宗教画を思わせる映像とのギャップが面白い。保守とリベラルが対立する様を見ながら、バチカンを世界の縮図のように感じる観客も多いのではないか。次から次へと問題が発生し「ローレンス枢機卿、お疲れさまです」と言いたくなった。終盤には声が出てしまいそうになるほどの驚きも待ち受けている。教皇選挙という外部とシャットアウトされた場所を舞台に、最後の瞬間までスリリングなミステリーを撮った監督の手腕に拍手。(細)

関連記事

この記事の写真を見る

  • 「教皇選挙」
さらに写真を見る(合計1枚)