「枯れ葉」 © Sputnik.jpg

「枯れ葉」 © Sputnik.jpg

2023.12.15

この1本:「枯れ葉」 希望、幸せ問う恋愛物語

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

登場人物は常に無表情で無愛想。セリフも動きも最小限で、劇中これといった大事件も起こらない。それなのに見終えてみるとあら不思議、しばし忘れえぬ感慨に浸らせてくれる名作の数々を世に送り出してきたアキ・カウリスマキ監督。前作「希望のかなた」で引退宣言したフィンランドの名匠から、ひょっこりと6年ぶりの新作が届いた。

主人公は勤め先のスーパーを不当解雇されたアンサ(アルマ・ポウスティ)と、しがない工事現場の作業員ホラッパ(ユッシ・バタネン)。もう若くはない男女が、路面電車が走るヘルシンキの街の片隅で引かれ合い、再会を約束して別れる。ところがホラッパが電話番号のメモを紛失してしまい……。

ジム・ジャームッシュのゾンビ映画がかかる映画館での初デートのエピソードなど、カウリスマキらしいとぼけたユーモアが満載。ただし根底に流れるのは、世知辛い世の中をどうにか生きる登場人物たちの深い孤独感だ。質素な住宅のセットや衣装などに、鮮やかな赤やブルーの色彩をちりばめながらも、その映像世界はそこはかとなく哀調を帯び、ホラッパのアルコール依存癖も映画に影を落とす。

それでもジュークボックスやライブハウスから流れる多彩な音楽に心が弾む本作は、愛する女性を映画館の入り口で待ち続ける駄目男ホラッパの純情をのぞかせ、しぶとく職を探して自立するアンサの芯の強さも映し出す。殺処分を免れたしょぼくれた一匹の野良犬が、アンサの日常にぬくもりをもたらすマジカルな描写の何たる素朴さ!

そしてカウリスマキ監督はこの古典的とも言えるすれ違いのメロドラマを、明確に現代の物語として描いた。ラジオが繰り返し伝えるウクライナでのロシアの蛮行は、今の時代の不穏さを憂える観客を不意に現実に引き戻す。私たちの希望、幸せはどこにあるのだろうかと。

するとカウリスマキは、その一つの形を具現化した、いとおしい光景をそっと差し出してくる。映画は枯れ葉舞う秋の訪れとともに幕を閉じるが、見る者にとっては思いがけないクリスマスプレゼントのような逸品だ。1時間21分。東京・ユーロスペース、大阪・シネ・リーブル梅田(29日から)ほか。(諭)

ここに注目

無愛想なのに情感たっぷり。魔術とでも言いたくなるカウリスマキ監督の至芸。何も起こらないラブストーリーのようで、背景に世界の現状への抗議と憤りがある。これまでのカウリスマキ映画では、しばしば主人公は理不尽な暴力に遭遇してきたが、今作ではラジオから伝わるニュースの中、ウクライナでの戦争に集約される。不穏な世界で、アンサは理不尽さにめげずまっとうに生きようとし、ホラッパはアンサへの思いのために自分を改める。世界を美しくするのは「愛」なのだと、監督はしかめっ面で訴えるのだ。(勝)

技あり

カウリスマキ監督の1本目から組むティモ・サルミネンが撮った。素直なようで巧み。例えばアンサの家での夕食、2人が向かい合って座る。大ぶりな円筒形かさ付きダウンライトが、ホラッパ持参の花が飾られた食卓を照らす。家庭的な温かさと縁遠い2人の願望が感じられ切ない。情景でも切れ味鋭いカットがある。日が当たらない前景を工事用機材などで囲んでフレームの中に枠を作り、対岸の太陽で輝くビル群を強調するなど、きれいなだけではない何かがある。身構えていてもカウリスマキとサルミネンの美意識に取り込まれる。心地いい映画体験、天才に抵抗しても無駄だ。(渡)

新着記事