毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
「Flow」©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.
2025.3.14
この1本:「Flow」 無言で通い合う心
米アカデミー賞長編アニメーション映画賞というと大手スタジオの娯楽性豊かな大作が相場だったが、今回「インサイド・ヘッド2」などを抑えてオスカー像を手にした「Flow」は、ラトビアのギンツ・ジルバロディスによる監督第2作。登場するのは動物だけでセリフなし、大げさな擬人化もなし。コンピューターグラフィックス(CG)ながら手作り感を残し、豊かな情感があふれるアート色の強いアニメーションである。
物語は水没しつつある森が舞台。文明の痕跡はあるが人間の姿はない。その中を1匹の黒猫がさまよっている。さらなる洪水が押し寄せると水面はみるみる高くなり、いよいよ追い詰められた黒猫が漂流する船に飛び乗ると、先客のカピバラが待っていた。
昨今の、毛並みの一本一本まで描き分けるような進化した3DCGと比べれば、本作は重力を感じさせない動きやのっぺりとした質感で技術的には素朴。しかし背景の自然や光の描写が美しく、動物の目線を追いつつ時に高みから見下ろす自在なカメラワークによるスケール感が抜群だ。そして何より、物言わぬ動物たちの感情描写が素晴らしい。
黒猫とカピバラが乗った船はあてどなく流れるうちに、ワシ、犬、猿が加わって旅の道連れとなる。動物たちは目こそ強調されているものの、鳴き声を発するだけで言葉はなく、笑いも泣きもしない。それでも、黒猫が驚いて飛び上がったり水を嫌がったり、反射した光とじゃれあったりといった仕草はまるで本物。目線や体の向き、傾きの角度を微調整し誇張して、たくみに喜怒哀楽を表現する。動物たちが心を通わせて連帯し、助け合って障害を乗り越え喜ぶ様子が、生き生きと伝わってくるのである。
ジルバロディス監督は前作「Away」でも、少年の冒険をセリフなしのCGで描いたが、まだしも人間が主人公だった。動物だけで描かれた本作では、今の世界の危機的状況が重なり、寓意(ぐうい)がいっそう際立っている。1時間25分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
ここに注目
なぜ洪水が起こったのか。人類はどこへ消えてしまったのか。そうした説明を排除することでまっさらな豊かさを獲得した本作は、無我夢中の没入体験をもたらすスペクタクル映画だ。世界が一変するほどの巨大な天災にのみ込まれながらも、けなげにあらがう小さな動物たちの姿に、これほど感情移入させられるとは。特にさまざまな物品の収集癖があるキツネザルの生態が楽しいが、主人公はやはり黒猫だ。水中を漂流し、高所を駆け上がるそのアクション描写が、格別のスリルとサプライズを生み出している。(諭)
ここに注目
自分の力ではどうしようもない天災に巻き込まれながら、さまざまな動物たちが生きていく。セリフを発することもなく、擬人化されていない猫を主人公としたアニメーションに、ここまで引き込まれるとは! リアルな猫の動きと鳴き声に目と耳を奪われ、一気にこの冒険へと没入させられた。動物たちの描写はもちろんのこと、恐ろしさと美しさを感じさせる水の動きや透明感など、自然の描写にも臨場感がある。この荒廃した世界が訴えるものは何か? そんな余韻も残る。(細)