ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう © DFFB, Sakdoc Film, New Matter Films, rbb, Alexandre Koberidze

ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう © DFFB, Sakdoc Film, New Matter Films, rbb, Alexandre Koberidze

2023.4.07

この1本:「ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう」  画面に漂う幸福感味わう

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

映画の舞台はジョージアのクタイシという古都である。サッカー選手のギオルギと薬局に勤めるリザが道ばたで出くわして恋に落ち、デートの約束をした。ところがその夜、2人は邪悪な呪いをかけられて見かけが一変、才能と知識も奪われて全く別人になってしまう。リザは待ち合わせるはずだった白い橋のカフェで働き始め、ギオルギはその店主に雇われて鉄棒チャレンジの番をすることになった。

映画の柱はこの、顔を合わせながら再会できない恋人たちのラブストーリーなのだが、あんまりドラマチックでもロマンチックでもない。というのも、映画の語り口にちっとも切迫感がないから。

語り手はいわゆる神の視点から、町を眺めている。互いを思い合いながらすれ違う2人をよそに、開幕が近づくサッカーのワールドカップに人々は浮足立っている。ここでは野良犬たちまでサッカー好きなのだ。サッカーに興じる子どもたちを延々と、スローモーションもまじえてたっぷり映す。木漏れ日の中でおしゃべりに夢中な人たちの笑顔を重ねていく。

ギオルギは時計を手に、2分ぶら下がったら食事に招待という鉄棒チャレンジへの挑戦者を待ち受け、リザはカフェでアイスクリーム売りにいそしんでいる。時間がゆったりと流れていく。互いの正体に気付かぬまま、2人は親しくなっていく。

呪いの理由や恋の行方ばかり追っていたら、2時間半は間延びしていると感じるかもしれない。なにしろ寄り道や脱線ばかりだ。しかし、そこでイライラしてはいけない。超自然的な呪いも、ここでは特別なことではないらしい。サッカーやおしゃべりと同様、人々の営みの一つ。美しい古都の風景と和やかな表情に包まれて、画面に漂う幸福感を味わうべし。アレクサンドレ・コベリゼ監督。東京・新宿ピカデリー、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

小学生たちの登校風景を捉えた冒頭シーンから、摩訶(まか)不思議なカメラの動きに目を奪われっぱなし。歴史を感じさせるクタイシの街並み、謎の語り手によるナレーション、不穏さや神秘性をかき立てる音楽、音響効果などが溶け合って、類いまれな映画体験を生み出している。子供や大人、野良犬までもがサッカーのワールドカップに活気づき、映画監督と写真家による創作のエピソードが差し挟まれていく奔放な語り口にも驚く。魅惑的な光と怪しい闇、詩的な自然現象に彩られた映像世界に、ずっと浸っていたいと思わされる逸品だ。(諭)

技あり

ファラズ・フェシャラキ撮影監督が撮った。導入部、リザとギオルギの朝の出会いから夕暮れへ。リザは薬局を閉め、ギオルギは交差点でサッカー仲間と別れる。次はだいだい色の灯火がにじむ夜の情景。大通りの端に、偶然再会した2人が小さく見える。遠景の画(え)はそのままに「明晩8時にまた会おう」と約束して別れる2人。終盤、お互いに気付き、ギオルギがリザを送る。いろんな画を重ねるが、カメラがリザを追い、彼女の頭の上にギオルギの顔が見える寄りの画が個性的。16㍉フィルムの柔らかな画調が古都の呪い話に合うし、撮り方が新しい。(渡)

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