「ハント」 ©2022 MEGABOXJOONGANG PLUS M, ARTIST STUDIO & SANAI PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

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2023.9.29

この1本:「ハント」 骨太な韓国スパイ活劇

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

韓国ではスパイ映画が盛んに作られているが、ハリウッドのそれとの違いは、軍事政権時代の歴史や朝鮮半島分断の現実を背景にしていること。いいかげんな作品を作るわけにはいかないから、作り手たちは気合を入れて取り組み、重厚な映画が出来上がる。Netflixの大ヒットドラマ「イカゲーム」などのスター俳優イ・ジョンジェが初めてメガホンを執り、脚本、主演を兼任した本作も、骨太なドラマとアクションを満載した充実の仕上がりである。

1980年代、韓国の最高機密が北朝鮮に相次いで漏洩(ろうえい)し、スパイ疑惑が浮上する。安全企画部の海外班を束ねるパク(イ・ジョンジェ)、国内班のリーダー、キム(チョン・ウソン)は、それぞれのチームを率いて捜査を開始。しかし因縁あるパクとキムは対抗心をあらわにして、互いの動向を監視していく。はたして北のスパイ〝トンニム〟の正体とは……。

冒頭のワシントンでのテロに続き、東京を舞台にした秘密作戦と銃撃戦など、国際問題に発展しかねないド派手な見せ場を惜しみなく映像化。それでもリアリティーが損なわれないのは、軍事政権下における情報機関の内部抗争をめぐる描写、光州事件のような歴史上の悲劇を取り込んだストーリーが生々しさに満ちているから。韓国映画ではおなじみの血生臭い拷問シーンもたっぷり。疑心暗鬼に陥ったパクとキムの駆け引きは止めどもなく激化し、息つく間もない濃度のサスペンスがスクリーンにほとばしる。

そして北による全斗煥大統領暗殺計画、南への侵攻作戦が実行されようとする終盤のスケールもでかい。

その過程で解き明かされるスパイミステリーの真相は見てのお楽しみだが、イ監督は登場人物が内に秘めた信念や大義を強調し、怒濤(どとう)のクライマックスに激烈な情念を注入した。後戻りできない死闘に身を投じた主人公たちは、自らもずたずたに傷つき、終幕後は一抹のむなしさが残る。

娯楽映画としてのカタルシスを最大限に追求しつつ、あえてヒロイズムを排除した語り口が秀逸。イ監督、鮮やかなデビュー作である。2時間5分。東京・新宿バルト9、大阪・Tジョイ梅田ほか。(諭)


ここに注目

スパイの正体を巡って二転三転する展開、世界各地で起きる爆発と銃撃戦とカーチェイス。史実を元にしながらサービス精神満載、これでもかと盛り上げる。ド派手なアクションと重厚なドラマ、新人監督とは思えぬ完成度と規模の大きさにびっくり。イ・ジョンジェの力もさることながら、韓国映画界の撮影技術とノウハウの蓄積があってこそ。底力を痛感する。物語は大仰で時々強引さも感じるものの、映画を貫くメッセージが背骨となる。同じ理想を掲げながら対立し戦う不条理を、説得力を持って訴えるのである。(勝)

技あり

韓国映画得意のバイオレンス&スパイ物。イ・モゲ撮影監督の得意ジャンルでもある。カメラの動きの滑らかさや、パクとキムのアップ処理のうまさが目に付く。外国の場面も現地に行かず、その国らしい装いを作る。ワシントン「らしさ」は、騎馬警官の馬2頭と警察犬2匹。イチョウ並木で特徴をつかむ。安企部幹部が2階から民主化デモを見下ろす俯瞰(ふかん)は映る人数が少なくてすむ。東京部分では、乱闘で機関銃なども持ち出し、終われば廃車の山。最後はバンコクの山ごと穀粉まみれ、みんな派手だがコスパは外さない。イ・ジョンジェ、満を持しての現場処理は成功といえる。(渡)

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